後輩の物件探し9
「…えっ…先輩……今の……」
後輩が声を震わせたまま固まっている。
俺は紅茶のカップを置き、軽く笑って肩をすくめた。
「とりあえず騒ぐなよ。
ほら、落ち着けって」
その“笑い”は、後輩を安心させるためのものだったが、
後輩は引きつった顔のまま、喉を上下させて頷いた。
俺は立ち上がり、
音のした壁へゆっくり近づく。
足音がやけに響く。
後輩はソファの端で固まったまま、
俺の背中を目で追っている。
壁の前に立つと、
特に冷気があるわけでも、
妙な匂いがするわけでもない。
ただ、
“普通すぎる”ことが逆に不自然に思えるほど、
何も感じない。
「……ふむ」
俺は観葉植物をそっと横にずらした。
鉢の底が床を擦る音が、
やけに大きく聞こえる。
そのまま壁に耳を当てる。
ひんやりとした感触。
だが、
その冷たさが“壁の冷たさ”というより、
“何かが奥にある空洞の冷たさ”のようにも感じた。
しばらく耳を当てていると、
別の違和感に気づく。
「……ん?」
壁紙の手触りが、
他の壁と微妙に違う。
同じ白い壁紙のはずなのに、
ここだけわずかにザラつきが強い。
貼り替えたのか、
上から重ねたのか、
あるいは
「先輩……どうっすか……?」
後輩の声が震えている。
「まあ、まだ何とも言えんけど……」
俺は壁から離れ、
ポケットからスマホを取り出した。
この部屋を借りるときに見たという間取り図を、
後輩に送ってもらっていたのを思い出す。
「ちょっと間取り見せてくれ」
「は、はい……」
後輩がスマホを差し出し、
俺は自分のスマホと並べて画面を見比べる。
ついでに、
上の階の部屋が“空き部屋”であることも確認していたので、
その間取りも検索して表示する。
二つの間取り図を並べて見ていると、
ふと、
ある“違和感”が目に止まった。
「……あれ?」
俺は画面を指で拡大し、
壁の位置をじっと見つめる。
後輩が不安そうに覗き込む。
「せ、先輩……何か……違いました?」
俺はゆっくりと息を吸い、
画面を指でなぞった。
「……この壁さ。
間取り図だと……
本来、ここまで“出っ張ってない”はずなんだよ」
後輩の顔が、
さらに引きつった。
紅茶の湯気が、
静かに揺れていた。




