後輩の物件探し8
紅茶の湯気がゆらゆらと揺れ、
部屋の中には他愛ない会話がゆっくりと流れていた。
「最近さ、また写真撮りに行ってんの?」
俺がそう振ると、後輩は少しだけ表情を緩めた。
「……ああ、はい。
この前、夜景撮りに行ったんですけど……
なんか、ピントが合わなくて」
「お前、三脚持ってんだろ。あれ使えよ」
「いや、持ってったんですけど……
なんか、風が強くて……」
そんな、どうでもいいような話。
けれど、こういう他愛ない会話が、
緊張を少しだけ薄めてくれる。
俺は紅茶を一口飲み、
深く息を吐いた。
「まあ、夜景は難しいよな。
俺も昔、ブレまくってたし」
「先輩、写真うまいっすよね……」
「いや、別に。好きなだけだよ」
俺は本当に落ち着いていた。
今までいろんな“変な現象”に遭遇してきた経験から、
こういうのは大抵、
突然ドカンと何か起きるタイプじゃないと分かっている。
だから、
紅茶を飲む手もゆっくりで、
背中もソファに預けたまま。
ただ、向かいの後輩だけは違った。
彼は笑おうとして笑えないような、
頬が引きつった表情のまま、
紅茶を両手で包み込むように持っていた。
時折、視線が勝手に“あの隅”へ吸い寄せられてしまうらしく、
そのたびに喉が小さく上下する。
「……大丈夫か?」
「……はい。
いや……大丈夫じゃないですけど……
大丈夫にしたいというか……」
言葉がまとまらず、
後輩はまた引きつった笑みを浮かべた。
時計を見ると、
針は十一時に近づいていた。
俺はカップを置き、
少しだけ姿勢を正した。
後輩は気づいていないふりをしながらも、
明らかに呼吸が浅くなっている。
十一時を少し過ぎた頃、
部屋の空気がわずかに冷えたように感じた。
そして…
コツ……コツ……
乾いた、
しかし確かに“壁を叩く音”が、
部屋の隅から響いた。
後輩はビクリと肩を震わせ、
顔を引きつらせたまま固まった。
「……っ、今の……」
声が震えている。
俺は落ち着いたまま、
音のした方向へ視線を向けた。
二回。
時間は十一時を少し過ぎた頃。
後輩の言った通りだ。
紅茶の湯気だけが、静かに揺れていた。




