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後輩の物件探し6

後輩は味噌汁を見つめたまま、しばらく黙っていた。

その沈黙が不自然に長く感じた頃、

ふいに顔を上げて言った。


「……先輩、今日は……空いてないっすか?」


その言い方は、

“軽い誘い”でも“雑談”でもなかった。

声の奥に、何かを押し殺したような硬さがあった。

俺は一瞬、言葉に詰まった。

今日は本当は、

高校の友人と久々に飲みに行く予定があった。

もう時間も近い。

だが、目の前の後輩の表情は、

冗談や甘えではなく、

“何かを抱えている人間の顔”だった。

断りづらい、というより、

断ったら後悔する気がした。


「……ちょっと待ってろ」


俺はスマホを取り出し、

キッチンに移動して高校時代の友人に電話をかけた。


「悪い、今日ちょっと予定変えていいか。

 後輩がさ……なんか深刻そうで」


事情を話すと、

電話の向こうで友人はすぐに笑った。


「いいよいいよ。気にすんなって。

 また別の日にしようや。

 お前がそう言うなら、そっち優先しとけ」


その軽さに救われた。

俺は礼を言い、電話を切った。

テーブルに戻ると、

後輩は不安そうにこちらを見ていた。

「……大丈夫だ。予定ずらした」

後輩は一瞬だけ安堵したように息を吐いたが、

その直後、また表情が固くなった。

そして、

言いにくそうに、

喉の奥で言葉を押し出すように続けた。

「……あの……

 今晩……来てもらえないっすか?」

その声は小さかったが、

逃げ場のない重さがあった。

後輩の指先はわずかに震え、

顔は引きつったまま。


「……あの部屋……

 今日も、鳴ると思うんで」


後輩は味噌汁を見つめたまま、箸を持つ手が止まっていた。

俺は自分の茶碗を軽く持ち上げながら、

あえて普段通りの声で切り出した。

「……で、これってさ。

 何時くらいに鳴るんだ?」

後輩は少し肩を揺らし、

ゆっくりと顔を上げた。

「……だいたい……夜の十一時前後っす。

 日によって五分くらい前後するんですけど……

 ほぼ、その時間に……二回だけ、コツ……コツって」

「十一時か」

俺は味噌汁をすすりながら、

その時間を頭の中で反芻した。

後輩は箸を動かそうとするが、

食べ物をつまんだまま、また止まる。

「毎日、同じくらいの時間か?」

「……はい。

 なんか……決まってるみたいに」

後輩はようやく一口食べたが、

味が分かっていないような表情だった。

「最初に鳴ったのは、俺が帰った日の夜だよな?」

「……そうっす。

 タケルとユウスケと飲んでて……

 タケルが『今コツって言ったよな?』って」

後輩は箸を置き、

両手で味噌汁の椀を包むように持った。

「で……次の日も……

 その次の日も……

 ずっと、同じ時間に鳴るんです」

「二回だけ?」

「……はい。

 必ず、二回だけです」

後輩の声は震えてはいないが、

言葉の端々に“確信したくない確信”が滲んでいた。

俺は茶碗を置き、

少し身を乗り出した。

「……で、その観葉植物。

 不動産屋が置いてったって言ってたよな」

「はい。

 鍵渡される時に……

 『サービスです』って。

 最初から、あの隅に置いてあったんです」

「でも、あそこ日当たり悪いんだろ?」

「……悪いどころか……

 昼でもほとんど光が入らないんですよ。

 なんでそこに置いたのか……

 ほんと、分からなくて」

後輩はそこで言葉を切り、

ゆっくりと顔を上げた。

その表情は、

“言いたくないけど、言わなきゃいけない”

そんなふうに引きつっていた。


「……先輩。

 あの植物……

 あそこに置いてからなんです。

 壁が……鳴るようになったの」


味噌汁の湯気だけが、

静かに二人の間を揺れていた。

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