後輩の物件探し2
友人名は仮名になります
その後も三件ほど物件を巡ったが、後輩が一番気に入ったのは最初の部屋だった。「なんか……あそこが一番イメージ湧くんですよね」「まあ最初にピンと来たならそれでいいんじゃないか」「ですよね。じゃあ、あそこにします」そんな会話でその日のうちに申し込みが決まった。
ひと月後、後輩から
「片付いたんで来てください」
とLINEが来た。せっかくだし、ちょっといいものを持っていきたい。悩んだ末に、オリーブ材のカッティングボードを選んだ。木目が綺麗で、置くだけで部屋が少し“ちゃんとした生活”に見えるやつだ。
当日、駅から歩いて後輩の新居へ向かう。内見の時と同じ道だが、季節が少し進んだせいか空気が違って感じた。住宅街は相変わらず静かだったが、特に気に留めるほどでもない。
部屋の前に着くと、後輩がドアを開けて迎えてくれた。
「先輩、どうぞ!いやー、やっと片付きましたよ」
部屋に入ると、新生活の匂いがした。家具は最低限だが、後輩なりに整えた感じがあって、妙に居心地がいい。
「これ、引越し祝い」紙袋を渡すと、後輩は本気で喜んだ。
「うわ、めっちゃオシャレじゃないですか。こういうの絶対自分じゃ買わないやつだ……」
「パン切るだけでテンション上がるぞ」
「いやー嬉しいなあ。先輩センスいいっすね」
後輩はキッチンに置いて、何度も角度を変えて眺めていた。
「先輩、座ってください。コーヒー淹れますね」
ソファに腰を下ろすと、視界の端にあの日見た“くすんだ壁の隅”が入った。今はそこに小さな観葉植物が置かれている。丸い葉のポトス。新しい土の匂いがかすかに漂っていた。
「その植物、引越し祝いでもらったんですよ。なんか部屋の隅が寂しくて」
「いいじゃん。緑あると落ち着くし」
「ですよね。ここ、置くとしっくり来るんですよ」
後輩は一瞬だけその隅を見たが、すぐに振り返って笑った。
「先輩、砂糖入れます?」
「いや、ブラックでいい」
「了解です」
コーヒーの香りが部屋に広がる。
この時点では、まだ何もおかしなことは起きていなかった。
ただ、後輩が観葉植物を置いた“あの隅”だけが、妙に視界に残った。
コーヒーを飲んでいると、
後輩がふと思い出したように言った。
「そうだ、先輩。今日、あと二人来るんですよ。
大学の友達で、引越し手伝ってくれたやつらなんですけど」
「お、にぎやかになるな」
「いや、あいつら来るとちょっとうるさいんですけどね」
そう言って笑った直後、インターホンが鳴った。
「来た来た。先輩、ちょっと待っててください」
後輩が玄関に向かうと、
ドアの向こうから賑やかな声が聞こえた。
「おーい!新居パーティーだって聞いたぞ!」
「お前んち、思ったより綺麗じゃん!」
「てか、広くね?いいとこ住んだなあ」
二人の男が入ってきた。
どちらも後輩と同じくらいの年齢で、
片方は明るい茶髪、もう片方は黒髪で落ち着いた雰囲気。
「先輩、この人たちです。
茶髪がタケルで、黒髪がユウスケ」
「どうもですー!後輩がお世話になってます!」
「よろしくお願いします」
軽く挨拶を交わすと、
タケルが部屋を見回して言った。
「お前、思ったよりセンスいいじゃん。
この観葉植物とか、めっちゃオシャレじゃん」
後輩が笑う。
「いや、それはもらい物なんだけど……まあ、いい感じでしょ」
ユウスケはキッチンの方を見て、
俺が持ってきたカッティングボードに気づいた。
「これ、めっちゃいいやつじゃない?
オリーブ材のやつだよね。高かったでしょ」
「先輩にもらったんですよ」
「へえ、いい先輩持ったなあ」
三人がワイワイ話し始めると、部屋の空気が一気に明るくなった。
タケルがソファに座りながら言う。
「にしてもさ、ここ静かだよな。
俺んちの周り、もっとガヤガヤしてるわ」
後輩が答える。
「そうなんだよ。昼間でもこんな感じでさ。
まあ、住むにはいいけどね」
ユウスケも頷く。
「静かなのはいいことだよ。
夜勤明けとか絶対助かるし」
その会話は本当に普通の、
どこにでもある引越し祝いの光景だった。
ただ、タケルがふと部屋の隅を見て首を傾げた。
「……あれ?
そこ、なんか壁の色違くね?」
後輩が笑って返す。
「リフォームの時のムラらしいよ。
まあ、家具置けば気にならないでしょ」
タケルは「へー」と言ってすぐに話題を変えた。
その程度の、本当に些細な違和感だった。




