カメラバッグの謎7
俺が娘さんのカメラメーカーを口にした瞬間だった。
女性は、
まるで椅子に電流でも流れたかのように
びくりと身体を震わせた。
次の瞬間、
椅子の脚が床を擦る音が響き、
彼女は勢いよく立ち上がった。
「……な、なんで……
どうして、それを……?」
声は完全に上ずり、
喉の奥で引っかかるように震えていた。
その目は大きく見開かれ、
恐怖と混乱が入り混じった色をしている。
周囲の客が一瞬こちらを振り返るほど、
彼女の反応は大きかった。
俺は思わず両手を軽く上げ、
落ち着いてほしいと静かに声をかけた。
「すみません、驚かせるつもりはなかったんです。
どうか座ってください。
説明しますから」
女性は胸の前で手を握りしめ、
呼吸が乱れているのがはっきり分かった。
肩が上下し、
視線は宙を泳ぎ、
足元がふらついている。
やがて、ゆっくりと椅子に腰を下ろしたが、
その表情はまだ強張ったままだった。
俺は深く息を吸い、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「……信じるか信じないかは、任せます。
ただ、不思議な話なんですが……
あのバッグを使ってから、
夢を見るようになったんです」
女性の視線が、
恐る恐るこちらに向けられた。
その目は、
“聞きたくないのに、聞かざるを得ない”
そんな複雑な色をしていた。
俺は続けた。
「事故の夢でした。
自分が車に跳ねられる場面を……
自分じゃない視点で見ている夢です。
そして……
そのすぐそばに、あのバッグが転がっていた」
女性の喉が小さく鳴った。
息を飲む音が、テーブル越しに聞こえるほどだった。
「次の週には、
病院のベッドの夢を見ました。
点滴を受けている人の枕元に、
見覚えのない古いカメラと……
あのバッグが置かれていたんです」
女性は唇を押しつぶすように噛みしめ、
目を伏せた。
その肩が、ほんのわずかに震えている。
俺は静かに言葉を締めた。
「……だから、来歴をお聞きしたかったんです。
何か関係があるのかどうか、
ただ、それだけを知りたくて」
女性は両手を膝の上で握りしめたまま、
しばらく動かなかった。
ショックを受けているというより、
“何かを思い出してしまった人”の表情だった。
やがて、
震える声で、
かすかに呟いた。
「……そんな……
そんなことって……」
その声は、
驚きでも怒りでもなく、
ただ“現実を受け止めきれない人”の声だった。
喫茶店の空気が、
一瞬だけ止まったように感じられた。




