懐中時計の記憶14
「……あの、オーナーさん。
もしよければ、この懐中時計……
引き取っていただけませんか」
そう言った瞬間、
オーナーは驚いたように顔を上げた。
目を大きく見開き、
まるで言葉を失ったようにこちらを見つめている。
その反応に胸がざわついたが、
それでも言葉は自然と続いた。
「いい時計ですし、
正直、自分でも気に入っています。
でも……なんとなく、
これは自分が持つべきものじゃない気がして」
懐中時計をそっと見下ろす。
「昨日の店主さん、 あの方は、きっとここへ運んでほしかったんだと思います。
そのために、俺に託したんじゃないかって……
そんな気がしてしまって」
オーナーはまだ言葉を返さない。
ただ、深く揺れるような目でこちらを見ている。
その目には、“受け取りたい” と “受け取ってはいけない” が 同時に浮かんでいた。
俺は続けた。
「それに……
毎日決まった時間にネジを巻くのは、
勤務の都合でどうしても難しいんです。
大切にするつもりではありますが……
この時計は、
俺よりもオーナーさんに持ってもらったほうが、
きっと幸せなんじゃないかと」
懐中時計を両手で包み込むようにしながら、
静かに差し出した。
「……どうでしょうか」
その瞬間、オーナーの喉がわずかに動いた。
「……そんな……
そんな簡単に受け取れるものでは……」
声は震えていた。
「これは……先代が……
あなたに託したものかもしれないのですよ。
それを……私が……」
言葉が続かない。
オーナーの指先は、
懐中時計に触れたいようで、
触れてはいけないようで、
宙で止まっていた。
その葛藤は、
見ているこちらにも伝わってくるほど深かった。
店内の空気は、
まるで二人の間に見えない重さが積もっていくように
静かに沈んでいった。




