懐中電灯の記憶6
せっかくだし、と懐中時計を手に取る。
昨夜磨いたばかりの金属が、薄明かりの中で静かに光った。
時間をスマホに合わせ、裏のネジに指をかける。
ゆっくりと巻くと――
カリ……カリ……
あの独特の機械音が、静かな部屋に小さく響いた。
確かな手応え。
古いのに、まだしっかりと生きている感触。
もう少し巻くと、
チッ……チッ……
針が動き始める音が、胸の奥に心地よく染み込んだ。
「……いいな、この音」
思わず呟きながら、鎖を腰に取り付け、時計をズボンのポケットへ滑り込ませた。
その重さが、妙に安心感をくれる。
会社に着くと、ちょうど後輩が駐車場から歩いてくるところだった。
「おはようございます先輩、早いっすね」
「たまたま早く起きただけだよ」
そう言いながらポケットに手を入れた瞬間、後輩の視線が止まった。
「……え、なんですかそれ?」
「時計。懐中時計」
「マジっすか。相変わらず古いもの好きですよねぇ」
「いいだろ、こういうの。味があるんだよ」
「いやいや、スマホあるのにわざわざ懐中時計って……渋すぎません?」
後輩は笑いながら肩をすくめる。
その軽口に、俺もつい笑ってしまった。
「まあ、趣味みたいなもんだよ」
「先輩の趣味、渋い通り越して骨董品屋の店主みたいっすよ」
「それは言いすぎ」
そんな他愛ないやり取りをしながら会社に入る。
けれど、ポケットの中の懐中時計は、さっきよりも存在感を増している気がした。
一日仕事をしている間も、ふとした拍子に時計のことを思い出した。
ネジ巻き式の時計は手入れが大事だ。
昨夜は布で磨いただけだし、専用の道具があればもっと丁寧に扱える。
「……帰りに、もう一度行ってみるか」
あの店に、手入れ道具が置いてあるかもしれない。
もしなければ、取り扱いのある店を紹介してもらえばいい。
そう思いながら、定時のチャイムが鳴ると同時に席を立った。
ポケットの中で、懐中時計がわずかに揺れる。
その重さが、まるで“戻ってこい”と言っているように感じた。




