懐中時計の記憶5
「ありがとうございます。大切にしてあげてくださいね」
店主の柔らかい声に軽く会釈し、紙袋を受け取って店を出た。引き戸を閉めると、夕方の空気がふっと肌に触れたが、さっきまで店の中に漂っていた乾いた冷たさがまだ背中に張り付いているようだった。風鈴がチリン……と小さく鳴り、思わず振り返ると、店主が薄暗い店内の奥で静かにこちらを見ていた。笑顔は優しいのに、胸の奥がざわつく。
「……変な店だったな」
そう呟きながら車に戻り、エンジンをかけると、外の世界の音が一気に戻ってきた。けれど、紙袋の中の懐中時計だけは、妙に存在感があった。
家に帰ると、テーブルの上に懐中時計をそっと置いた。
古い金属のくすみが照明の下で鈍く光り、布で磨くたびに細かな傷が浮かんでは消える。
裏のネジ巻きはまだしっかりしていて、明日の朝、出勤前にネジを巻いてスマホの時間に合わせようと思いながら、時計をそっと置いた。針は止まっているのに、どこか“動いている気配”があるように感じた。
その夜は、すぐに眠りに落ちた。
疲れていたわけでもないのに、まぶたが重く、意識がふっと沈んでいく。
不思議な夢を見た。会ったことはないはずなのに、どこか懐かしい老人がいた。白髪で、細い目尻に深い皺が刻まれ、優しい笑顔を浮かべている。どこかで見たような気がするのに、思い出せない。
老人は俺の手にある懐中時計を見て、ゆっくりと微笑んだ。
「……大切にしてやってください」
その声は驚くほど穏やかで、胸の奥にすっと染み込んだ。懐かしいような、切ないような、不思議な感覚が広がる。
次の瞬間、目が覚めた。部屋は静かで、外はまだ薄暗い。枕元のスマホを見ると、いつも起きる時間の30分前だった。
胸の奥には、夢の老人の声がまだ微かに残っていた。




