懐中時計の記憶3
懐中時計を手に取ると、金属の冷たさが指先に吸い付くように伝わった。
古いのに、妙にしっくりくる重さ。
裏側のネジ巻きが、まだしっかりとした手応えを残している。
「……動くんだ」
思わず呟いた。
止まっているように見えた針は、ネジさえ巻けば動くタイプの古時計らしい。
この手の機械式は好きだ。
だからこそ、値札を見て少しだけ迷った。
「うーん……」
高すぎるわけじゃない。
ただ、衝動買いするには少しだけ躊躇う金額。
その小さな独り言を拾ったように、店主がふわりと近づいてきた。
足音は軽いのに、気配だけが妙に濃い。
「気になりますか?」
「あ、はい。ちょっと……いいなと思って」
「それ、ネジさえ巻けば動きますよ。まだ現役です」
店主は柔らかく笑った。
その笑顔は優しいのに、どこか“奥行きがない”。
表情だけが浮いていて、感情が伴っていないような、そんな違和感。
「もし、購入を考えておられるなら……少しなら、お値段は勉強しますよ」
声は穏やかで、押しつけがましさはまったくない。
むしろ、こちらの迷いをそっと受け止めるような柔らかさ。
なのに……
胸の奥が、またざわついた。
「え、いいんですか?」
「ええ。気に入っていただけたなら、それが一番ですから」
店主はにこやかに言う。
その笑顔は本当に優しい。
けれど、目の奥が笑っていないように見えた。
懐中時計をもう一度見つめる。
ネジ巻き式の古いタイプ。
重さも、質感も、手に馴染む。
こういうのをずっと探していた。
「……じゃあ、買います」
自分でも驚くほど自然に言葉が出た。
迷いはあったはずなのに、気づけば決めていた。
店主はゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます。大切にしてあげてくださいね」
その“あげてくださいね”の言い方が、妙に耳に残った。
まるで、時計の方が主で、俺が従う側であるかのような響き。
会計を済ませながら、ふと気になって口を開いた。
「これ……何か、謂れとかあるんですか?」
店主は手を止めた。
ほんの一瞬だけ、表情が固まる。
その一瞬が、妙に長く感じられた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……ええ。ありますよ」
声は柔らかいのに、背中がひやりとした。
「ただ…聞きたいですか?」
店内の空気が、すっと冷えた気がした。




