72. キール子爵への頼み事
「これから話すことは極秘扱いにして欲しい」
「子爵はエルのことをどれだけ知っている?」
「ロジャー殿が街で赤ん坊を託されたが託した人は亡くなってしまったとしか」
「エルは女の子だったことは?」
「ええっ、女の子だったんですか」
「エルは『黄金の道』の先にある『ユークリッド王国』の姫君だそうだ。何者かに追われ秋分点でこちら側に逃げてきた。ロジャー殿はその危険から守るため男として育てたとエル宛ての遺書には書いてあった」
「だが、彼女が男の子としているのは限界がある。このまま隠し通せるものでもない。エルはこれらのことを胸に秘め、自分だけで『黄金の道』に行こうとしていた」
「そ、それは」
「俺はズデーデン王国の恩師から、『黄金の道』の調査を依頼されここに来た。この調査にエルを同行しようと思う」
「殿下!それは」
「エルはこのままここにいれば、いずれ女性だとバレるだろう。それにあの美しさだ。妙なことを考える輩が必ず出る。またもし『ユークリッド王国』なるものが存在し、エルのことを知ったらどうなるか。単に一地方都市の問題ではなくなる可能性が高い」
キール子爵はぐっと唾を飲み込んだ。
「ならば『黄金の道』を調査するつもりだった俺が連れて行くのが一番良い。それで子爵には残されたこの邸の者達の面倒をみてもらうことと、王家に極秘で俺の行く先を知らせてくれ」
「承知いたしました」
「面倒をかける」と俺は頭を下げた。
「何をおっしゃっいます、殿下。エルは私の姪っ子のようなもの。どうぞエルを宜しくおねがいします」
その後、皆に居間に集まってもらった。
エルと俺は次の春分点に『黄金の道』に入ること。二人共、必ず帰るつもりでいること。皆、このまま邸に居て貰ってかまわないこと。邸の面倒は子爵が責任をもってみてくれることなどを話した。
家の者は驚いた顔をしていたが、「エル様が望むなら」と了承してくれた。
子爵はこの様子を確認し、帰って行った。
「あのう、殿下。この度は」
「エル、殿下は止めてくれ」
「じゃあ、これまで通り師匠と呼んでも?」
「まあ、仕方が無いか」
隅の方で固まっている使用人たちにも
「今まで通り、冒険者のアレクさんでいいから」
一番先に立ち直ったのはエミリーだった。
「よかったあ。私、お貴族様でもどうやって接していいか分からないのに、王子様だなんて。あ、これ内緒でしたね」
「でも、私達の今後の事まで考えて頂いてありがとうございます」とマリー。
「わしも、慣れ親しんだここを離れるのは嫌だったんだが、ここに引き続き居て良いし、何かあったら子爵様が見ていて下さる。ありがたいことです」とジョンが頭を下げた。
「とりあえず、春分点まで宜しく頼む」