68. アレクの戸惑い ②
「さあ、どうぞ」
エルに勧められて席に着いたアレクはテーブルの上に並んだ家庭料理を見て、思わず頬が緩んだ。こういう和やかな家庭的な食事をこの世界に来て味わったことがなかった。
「アレクさんは、貴族家のご出身ですか?」おもむろにマリーが聞いた。
「ええ、まあ」
「食べる所作が洗練されていて、一目でわかりました」
「へえ、流石マリーだね。マリーはね、辺境伯家の侍女だったんだよ」
「そうなんですか。辺境伯家とはアレン辺境伯?」
「ええ。旦那様が辺境伯家から移られた際、一緒について参りました。今のご当主は旦那様の甥御様ということになります。ですので、旦那様がお亡くなりになった後、辺境伯様がエル様の後見をしていらっしゃいます」
「それは心強いですね」
「マリー、あんまり言うとアレクさんが引いてしまうよ」
「すみません」
ーーーふう、助かった。冒険者って警戒されているのかな。
その晩は久しぶりの柔らかで清潔なベッドだったせいかすぐ眠りに落ちた。
翌朝、早くに目が覚めた俺は厩にクロックを見に行った。
「おや、アレクさん、おはようございます。お早いですね」とジョンが飼葉をやりながら挨拶してきた。
「ええ、早くに目が覚めてしまって。裏手にある牧場はこちらのですか?」
「いや、子爵家の牧場なんですがうちの子達も遊ばせてやれますよ」
「クロックを遊ばせてやりたいのですが」
「後で、子爵家の者に伝えておきますよ。どうぞいってらっしゃい」
俺はクロックを引いて外へ出、牧場に向かった。クロックは嬉しいのか何度も顔をすりつけてきた。牧場に来て放すと一目散に端まで走って行きまた戻ってくるという動作を繰り返した。余程機嫌がいいのだろう。
ふと横を見ると、エルが歩いて来るのが見えた。泣きそうな顔をしていた。
「どうした?」と尋ねると
「アレンさんが出て行ってしまうのかと思った」と言う。
「だって、昨日マリーが辺境伯家のことを持ち出したから」
「ああ、そんな事で黙って出て行かないよ。出て行くときはちゃんと挨拶ぐらいするさ」
「よかった」
「じゃあ、今日から魔法の指導、お願いしますね、師匠!」
「師匠!? おいまて、俺は師匠なんて柄じゃない」
「でもなんて呼べば?アレク先生?」
「ただのアレクでいい」
「え~、やっぱり師匠で」といって邸の方へ駆けだした。
「こいつ」
こうしてエルの魔法訓練の日は始まった。