59. ベルトラン太守 セリーヌ侯
『第三王子ケルティネス殿下とソフィア様が離宮に移された』
という報をベルトランにもたらしたのは国王が倒れてからすぐ後だった。
齢70になるセリーヌ侯は思わず机をドンっと叩いた。
側室のソフィア妃はセリーヌ侯の孫娘にあたり、第三王子は曾孫にあたる。離宮に移されたと言うことは幽閉に近い形であるに違いなかった。
「おのれ、ケイダリアめ」
ケイダリア公が画策したのは火を見るより明らかだった。セリーヌ侯の動きを抑えるため人質を取ったかたちだ。
第一王子が国王代理を務め始めてから、貴族の不満は頂点に達していた。宰相をはじめ有能な高官を次々と左遷させ、自分のお気に入りを後釜に据えるやり方には我慢ならない者が多くいた。その筆頭が、ベルトラン太守セリーヌ侯であった。
さらに数日後、北のズデーデン王国との玄関口、ランカスターを治めるシュゼイン伯爵が国王軍によって拘束されたという知らせが届いた。
「港を封鎖して、アレキサンダー王子の帰国を阻止しようと言う訳か、くそっ」
人質を取られてをこまねいている間に状況はどんどん悪くなっている。次に来るのはなにか?陛下の崩御か?第一王子が国王になり、ケイダリアが実権を掌握すれば今度は目障りな貴族を抹殺しにかかる。
セリーヌ侯爵家は建国当時から続く由緒ある家柄だった。初代国王ケン・サクライに心酔した弟子の1人である初代が興した家だった。
遺言により次代であるオットーがヨルド川の向こうに追放され、偽りの王ニールがオットーと名を詐称して次代の王となった時、初代セリーヌ侯は病の床にあった。初代セリーヌ侯は遺言が果たされなかったことを嘆き、子孫に次ぎのような言葉をのこした。
『今の王家は偽りである。決して今の王家と縁を結んではならぬ。なぜならケン・サクライが必ずまたこの世界に現れるからである』
セリーヌ侯爵家は代々忠実にこれを守ってきた。王家とは一線を画し、一度も妃となった者はいなかった。ただベルトランの拡充に努め、力を蓄えた。
しかし現国王に関しては計算外だった。もともと側妃腹の4男坊だったアーサーが国王に即位するなど、だれも予想していなかった。さらに、その国王が世継ぎの双子が生まれた後、元婚約者である孫娘のソフィアを側室に望むなど到底受け容れることは出来なかった。
だがその時すでに、ソフィアはお腹に今の第一王女を宿していた。
ソフィアの懇願と、国王の願いを無碍にすることも出来ず、側室になることを了承してしまった己に初代の言葉が重くのしかかる。
『今の王家は偽りである。決して今の王家と縁を結んではならぬ。なぜならケン・サクライが必ずまたこの世界に現れるからである』