58. ランカスターの攻防 ②
午後8時を知らせを告げる鐘が鳴った。出航だ。
船は静かにキリルの港を離れ、俺は防音と認識阻害の魔法を船にかけた。川の向こうにランカスターの街の灯りが見える。これで船が出航したことは気づかれまい。俺は高鳴る胸を押さえて甲板にでた。
「殿下、いよいよですね」キースも甲板に出てきた。
「ああ、シュゼイン伯爵は必ず助ける。奴らの思い通りにはさせない」
「ところで殿下、シュゼイン伯爵救出後は速やかに船で川を下り海洋に出、港町ベルトランへ向かいます。ベルトランから王都まで馬で4日。大幅に時間短縮できるはずです」
「わかった。この状況をみると急がねばならんだろう」
「御意」
船が静かにランカスターの造船所に停泊した。バラバラと出てきた造船所の職員はしばらくの間足止めにし、俺は身体強化魔法をオオカミ族達はオオカミに変身して、館のある丘に急行した。
あっという間に丘を登り切り、見張りを急襲した。思ったより人数が少なく制圧にはそれほど時間はかからなかった。恐らく兵の大多数は港の方に出ていたんだろう。
伯爵と家族、使用人たちは居間に集められ、軟禁されていた。
俺達が館の制圧を完了するころには伯爵家の騎士団も動き出していて、港の制圧に乗り出していた。伯爵が人質にとられ身動きがとれなかったらしい。
「アレキサンダー殿下、我々を救って頂き、感謝いたします」
解放後に伯爵は深々と頭を下げた。
なんでも、いきなり王都から騎士団が来て伯爵と家族、使用人に至るまで監禁したらしい。理由を聞いても『国王代理の命である』といってらちがあかなかったとか。
「いくら第一王子の命だからと言って、こんなことが許されるはずがありません。私は貴族院を通して厳重に抗議します」と憤っていた。
「王都の様子はどうですか」
「噂を聞く限りひどいもんです。宰相閣下が更迭され、今までの高官が閑職に飛ばされるなどしているようです。貴族達の反発も多く、このままでは内乱は間違いないと思われます」
「私はこれから川を下り、ベルトランから王都に入ろうと思います」
「おお、妻の実家がベルトラン太守をしているセリーヌ侯爵家ですので、殿下に便宜を図るよう私からも一筆したためましょう」
「セリーヌ侯爵閣下も今回の第一王子殿下のなさりように相当腹を立てておいでになると思います」
といって伯爵は侯爵宛に書状をしたためてくれた。
空がうっすらと明るくなってくる頃には港での制圧も完了していた。
捕えた兵士達の処分を伯爵に任せ、俺達は次の目的地であるベルトランへと出航した。