32. スペアの悩み ①
1人の若者がアインステッドへ向かう街道を鼻唄を歌いながらご機嫌で馬上の旅を楽しんでいる。王都を出て約1ヶ月、誰も彼を追う者はいなかった。
彼の名はアレキサンダー。輝くような銀髪にアイスブルーの目を持つ容姿端麗なこの若者は、外見とは裏腹に人を寄せ付けぬオーラを放っていた。
実際ここまでくる途中で、何度か盗賊や物取りに出会ったが、彼はことごとく退けている。相当な剣の腕とそれに人族では珍しく魔法も使えた。そんな彼にも悩みがあった。
20年前、彼は双子の片割れとして生を受けた。必然的に金髪・ライトブルーの王家の色をもつ方が『兄』と決まった。このときから彼は『兄』のスペアとなったのだ。
物心つくまでは『兄』とよく遊んだ記憶がある。だが、王太子教育が始まる頃に彼は離宮に移された。国王である『兄』を補佐する教育、『兄』に万が一があった場合のスペアの教育と二重の負担が彼に課せられた。その後、彼にも弟や妹ができたが状況が変わることはなかった。
彼が10歳になるとき事故が起こった。落馬したのだ。特にひどい怪我は無かったが、意識が戻らなかった。そして意識が戻った時には彼は全く違う人間になっていた。
意識を失っている間、彼は夢を見た。
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「ねえ、ちょっと、健太、聞いてるの?」
「ん、かあさん、何の話だっけ」そうだった。スマホの向こうで話しているの
は俺の母親だ。
「来週、桜井の本家で集まりがあるのよ。今回は健太も同行させるよう言われて
いるの」
「なんで」
「知らないわよ。是非にって事だからお願いね」と言ってスマホを切った。
俺は桜井健太。24歳。某商社のサラリーマンをしている。ただし、入社2年目のぺーぺーだけどね。
さっき俺の母親が言っていた桜井本家というのは地元では有名な資産家だ。いろいろな大企業の大株主として、影でこの国の経済を牛耳っているという黒いうわさもある。うちなどは末端の分家だが、なぜ俺などが呼ばれたか皆目見当がつかない。いや、それよりも何故俺のことを知っている?
仕方なく会社に休暇届けをだし、来週早々に帰省することにした。
その日は相当腑に落ちないことでムシャクシャしていたんだと思う。かなり酔ってふらふら自宅前の細い道を歩いていた。突然、背後からクラクションのけたたましい音と共に車が突っ込んできた。
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俺は目を覚まし辺りを見回した。病院にしてはどうも変だ。病院に天蓋付きのベッドなど置いてあるはずがない。それに俺の手をみるとやけに小さい子供の手だ。
やけにばたばたと周りがうるさい。俺はどうなってしまったのだろう。