289. 帰郷 ②
夕食に出されたのは、サモンのムニエルだった。濃厚なバターとサモンの匂いが辺りに漂っている。
「ふわあ、いい匂い。僕もうお腹ぺこぺこだよ」風呂上がりでさっぱりしたロンが言う。
「さあ、皆、席に着いて」とエルが言うと、入り口にいた二人が顔を見合わせた。
「あのう、エル様。私達も席についていいんですか」
「何言っているの、マーサ、サガン、貴方達もこの家の一員でしょう?昔からこの家は皆で一緒に食べるのが習わしよ」
「でも、食べ方とか分からないし・・」
「それは追々マリーにでも習ったらいいわ。いいから早く食べましょ」
エルは少々強引に二人を座らせ、夕食を食べ出した。
「ところで、この街に橋を守る駐留軍が派遣されたと聞いたんだが」
アレクが話をジョンに振ると、彼は顔をしかめて首を振った。
「あまり良い噂を聞きませんな」
「あいつら酷いんです」いきなりサガンが大きな声を出した。マーサが慌ててサガンの裾を引っ張る。
「どう酷いんだ?」
「僕ら孤児や冒険者は、橋の向こう側に薬草を採りに行って、日銭を稼いでいるんです。でも、あいつらが来てから橋の通行料を取るようになったんだ。しかもめちゃめちゃ高くて。皆、困っている」
アレクは顔をしかめて「通行料を取ってるなんて聞いてないな。子爵はそれを許しているのか」
「子爵様は何度も通行料を取るのを止めるように言ったのですが、相手は有力貴族の子息だそうで全然聞いて貰えないそうです。堪りかねて王都へ陳情を出したそうですが、何しろここは僻地。答えが返って来るまで何ヶ月かかるか」
アレクは舌打ちをした。
「何でそんな奴を派遣したんだ。秋分点までそんなに日がないというのに。分かった、俺が何とかしよう」
次の日、アレクは橋とそこに配置された軍の状況を見るために、アインステッドの中心部を訪れた。もうすぐ秋分点だというのに街には活気がなかった。
クロックを冒険者ギルドに繋ぎ、中へ入る。ギルドの酒場は兵士達で埋まっていた。その様子を冒険者達は苦々しげに見ている。
「よう、いつもあんななのかい」アレクは近くの冒険者に声を掛ける。
「ああ、昼間から酒なんぞ良いご身分だぜ。それもこれも通行料で懐が潤っているからだろう。俺達の稼ぎをあらかた持って行きやがって」
「そんなに高いのかい?」
「ああ、銀1枚だ。薬草採りの連中は渡るのを諦めている」
「それじゃあ、薬屋も大変だろう」
「そうさ、薬の値段が跳ね上がっている。うかうか怪我することも出来やしねえ」
「なるほどな。いつからだい?」
「何でも王都から派遣された守備隊ってのが来てからさ。もう一月以上こんな状態さ」
アレクは冒険者ギルドを出て、市庁舎にいる子爵の元へと向かった。
役所にはアレクの顔を見知った者も多い。すぐ子爵の元へ通された。
「アレキサンダー殿下」子爵はアレクの訪れに跪いて挨拶をする。
「キース子爵、一体これはどうしたことか」