285. それぞれの想い
「師匠、どうしたんですか。なんか変です」
エルは思わず隣に座っているアレクに言った。
「何か、らしくないです」
エルの放った言葉が意外だったのか、アレクは暫し固まった。それを見て、エルが吹き出す。
「プっ、ハハハハ」
アレクは真っ赤になって「おい、エル、笑うな」とエルを押さえようとするが、エルはするりとその腕を抜け出した。エルはヴァンパイアの真祖だ。間違っても人間のアレクに捕まえられる訳がない。アレクは一計を図り、周りの景色と同化し自身を見えなくする。するとエルはキョロキョロ周りを見渡し近づいて来た。そこを取り押さえる。エルはまだ笑っていた。
「もう一度言う、エル、俺と結婚してくれ」
するとエルは笑いを引っ込めて、煌めく紅い瞳をアレクに向けた。
「アレク、今はまだ返事は出来ない。する事が多すぎるもの。それに貴方はまだ分かっていない。真祖と結婚することがどういうことなのか」
「分かっているつもりだが」
「ううん、それは人間をやめるということなのよ。気も狂わんばかりの長い時間を生きていくことなの。それに場合によっては貴方が血に飢えて狂ってしまうことだってありうる。私にはまだその見極めがつかないの。だから待って欲しい。それにアレク、恋人をすっ飛ばしていきなり結婚だなんて」
「そうだな。少し焦りすぎたかもしれん。同級生や弟に会って自分が歳を取っているのを実感したんだ。なにしろ、今まで周りにはセイガやロン、それにシリウス様だろ?一人だけ違和感があったことは事実だ。ヴァンパイアになることには抵抗なかったが、そうか血に狂うことは考えなかった」
「あくまで可能性の問題だけどね」
「それじゃあ、恋人から始めるか」
アレクはエルを座らせ、エルの後ろから彼女をすっぽり包んだ。
「アレク・・」
居心地悪そうにエルがモゾモゾ動く。
「恋人からってエルが言ったんだぞ」笑いを含んだ声でアレクが言った。
「それより、ほら、星空を見てごらん。あの星1つ1つに世界があるんだ。俺の知っている地球もあの中のどこかにあるんだろうな」
アレクの声はどこか憧憬を含んでいた。
「帰りたい?」
「帰りたくないと言えば、嘘になる。何しろ事故で突然この世界に来たからな」
「私も見てみたいな。アレクが前世でいた世界」
「ああ、いつか行こう」
2人は黙って星空を見続けた。
「オオーイ、アレク、朝食まだ」
セイガの冷たい鼻先がアレクの頬を突っつく。いつの間にか寝ていたらしい。横にはエルが気持ちよさそうに腕枕で寝ている。
「ああ、悪い悪い、すぐ用意する」アレクは腕枕を外し起き上がった。
ロンもエルの側に来て彼女を起こしていた。
「ん、ロン、おはよう」エルも目をこすりながら起きた。
空間から洗面器を出し顔を洗う。今日も気持ちよい位の晴天だ。クロック達も仲直りしたのか、並んで草を食んでいる。テーブルセットを取り出し、アレクは皆を呼ぶ。
「朝食の準備ができたぞ」
前回に続きあま~い回となりました。うう、ラブストーリーは苦手です。