262. ケレスの闇 ①
「どうぞ殿下、おかけ下さい」
メイドがそれぞれにお茶を配る。そのメイドをみてヴィルヘルムは固まった。
「子爵、そのメイドさんを残して人払いをお願いします」
サイロン子爵は怪訝な顔をしながらもメイドを残し人払いを命じた。メイドを残し皆が出て行くとアレクはロンに目配せする。
「今、この部屋に結界を張りました。ところで君が淹れてくれたお茶だが君が毒味をしてくれないか」
メイドは咄嗟に逃げようとするが、セイガが変身して押さえつけた。
「こ、これは」
「子爵、これは毒です。心当りは?」
「殿下、私は誓って殿下を害そうとは思っておりません。それにしても・・」
「やはりそうですか。貴方の部下で信頼している人はいますか」
「副官のテリーと言う者がおります」
「ではその方を至急呼び出して貰えますか」
「わかりました。至急呼び出しましょう」
ロンが結界を外し、子爵は大急ぎでこちらに来るよう副官のテリーを呼んだ。そして先程淹れたお茶を下げさせ新たにお茶を淹れ直させた。暫くたって、テリーが慌ててやって来た。
「子爵、何かありましたか」
テリーが入ってくると、アレクはまた子爵に人払いを命じ結界を張った。
「このメイドがお茶に毒を仕込んでいたのだ」
「えっ本当ですか」
光の拘束具で縛られているメイドは俯いたまま何も言わない。
「ところで君が副官のテリーだね」
「貴方は・・」
「このお方はアレキサンダー第二王子殿下だ」
テリーは慌てて跪き礼を取った。
「ああ、普通にしてもらって構わない。ところで子爵は王宮で財務を担当していた優秀な文官だったが統治は初めてだったな。副官の君が補佐をしているということか」
「はい。私は主に財政を見て、その他のことはここ出身のテリーに任せています」
「ところでテリーこの街で最近おかしな事は起こっていないか」
「それは・・」
テリーが言いかけるとヴィルヘルムが真っ青な顔をして叫んだ。
「アレクさん、その人も人間じゃない!」
「やはりそうか。バインド!」
光の拘束具で素早くテリーを拘束した。子爵は何が起こったのかとオロオロしている。
「で殿下、一体これは」
「子爵、恐らくこの者はケイダリア一門の者だ。違うかな」
するとテリーは今までの態度とは打って変わって憎々しげにアレクを睨んだ。
「ふんっ、流石はアレキサンダー王子だ。私はケイダリア一門の端くれ、テリーヌ男爵だ。今ここで私を殺めればどうなるか見ているがいい。人間の魔法使いなど我々には児戯にすぎぬ」
「そうかな。それでは見せて貰おう」
テリーから黒い煙が出始める。
「ロン、子爵を覆え」
子爵の周りに薄い膜が張られる。そしてアレクは聖剣を取りだした。
「くっ聖剣か」
エルが手を前に出し黒い煙を浄化する。そしてアレクが聖剣を一閃した。テリーは悲鳴を上げながらそこに倒れた。と見る間に体が縮んでゆき骸骨がそこに残った。メイドの方もグズグズに崩れ悪臭を放つ遺体となる。
一連の状況を見て、子爵は青い顔をしながらアレクの前に跪いた。
「殿下、知らぬ事とはいえ私は、私は・・・」
「子爵、貴方に罪はない。彼らが巧妙だっただけだ。だが、このケレスの街は死者で汚染されている。俺に協力して欲しい」
その後、エルが腐乱死体に浄化の魔法を掛けると死体は青い炎に包まれ消えていった。そしてアレクがテリーヌ男爵の骸骨に聖魔法を掛けると、骸骨は跡形も無く塵になった。その光景を見たサイロン子爵は畏怖の念を込めてアレクの横顔を見つめていた。