245. 或る王子の悲劇 ②
サイード王子は側近5名と隠密2名、鳥使い1名の計8名でカラール帝国を出国した。最終寄港地はセルア王国だったが、最初に目指したのは海洋国家群の中の1つケネス王国である。
海洋国家群とは、海洋都市が国の形態を取っていてカラール帝国の西側に位置している。5つの国が存在しており、カラール帝国から近い順にオスマール、タジク、ラムダ、ケネス、そしてセルア王国となっている。特にセルア王国は領土面からいっても群を抜いており、都市国家というよりは一国の態をなしている。その隣のケネス王国を目指したのは、セルア王国に入る前に情報収集した方が良いとの判断からであった。
何故ならセルア王国はユークリッド王国との結びつきが強く、聖ピウス皇国ともなんらかの関係性があると考えたからだった。
「殿下、間もなくケネスに到着いたします」
「そうか。我々はカラールの織物を扱う商人という設定だったな」
「はい。ケネスの港は現在船の入港に際し、非常に警戒しております」
「それはカラールの商船でもか」
「ええ。実は他の商人から聞いた話なのですが、ケネスはカラールからアヘンの密輸基地ではないかと疑いを掛けられていると思っているようです」
「そうなのか?」
「カラールとしてはケネスを特に密輸基地などと敵視した訳ではないのですが、彼らにとっては大国カラール帝国に目を付けられたと戦々恐々なのでしょう。とにかく入港時には騒ぎを起こさないことが肝心です」
サイード王子達は乗り込んできた横柄な役人に目を瞑り、多少の金を握らせて無事上陸できた。あらかじめ手配していた宿に落ち着くと、早速作戦を実行に移した。
「まず、俺達は3日後に出航するセルア行きの船に乗る。それまでに出来るだけ情報を集めろ。どんなことでも見逃すな」
「はっ」と部下達が散っていき、側近のハサンと2人きりになる。
「俺達も市内を見て回ろう」
サイード王子とハサンは連れだって宿を出た。
ケネスの街はカラールの日干しレンガ造の家とは違い、石造りの頑丈な家々が立ち並んでいる。そんな街並みを物珍しそうに眺めながら歩いていた王子は、ある家の前でふと足を止めた。
そこには鉄格子の窓が嵌まっており、中には幼い子供達が身を寄せ合って部屋の片隅に固まっていた。
「ここは・・」
ハサンがすかさず答えた。「奴隷商人の店になります」
「あんな小さな子供をか?」
「よく見て下さい。恐らく獣人の子でしょう。珍しい獣人の子は貴族などに需要があると聞きます」
「獣人だと?そういえば見慣れない耳と尻尾があるな。聖ピウス皇国は獣人の国とも隣り合わせと聞いている。何か分かるかもしれんな。店に入るぞ」