244. 或る王子の悲劇 ①
新章開始です。
カラール帝国はこの大陸の南部を掌握する大帝国だ。帝国の歴史は実に1000年にも及ぶ。大陸の北側とはアペニン山脈やアトラス山脈等峻険な山々がそびえ立ち往く手を阻んでいる。だから帝国は東西に侵略を繰り返し、現在の領土を獲得してきた。
今から800年程前に帝国は破滅の危機を迎えた。アトラス山脈が黒雲に覆われそれが一斉に降って来たのだ。それは黒い虫たちでかろうじて石造りの家に逃げ込んだ者や地下に逃げ込んだ者以外を全て喰らい尽くした。黒雲が去った後には一面の荒野が残った。それから国民は飢えに苦しみ血で血を洗う争いが絶えなかったが、それでも帝国は徐々に力を取り戻し、近隣諸国を併合し現在の姿となった。
そんな帝国だったが最近では翳りも見せている。それは西側の海洋国家からもたらされるアヘンが原因だった。最初は鎮痛剤として珍重されていたが、それが中毒性があり心身に多大な害をもたらす物だと判明した。その情報を得ると帝国は即座に使用禁止に踏み切ったが、長い間の習慣や中毒者の間で密輸が横行し、徐々に帝国を蝕み始めている。
第十三王子サイードは、群を抜いて体格が良く、また武術に優れていた。将来は国の軍事を背負うことが期待された人物でもあった。
そんな彼が武術の訓練に励んでいるある日、皇帝から直々に呼び出しがあった。何ごとかと思って皇帝を訪ねてみると、普段使わない小部屋に通された。そこにはごく僅かな側近を連れた皇帝がいた。思わず跪き、口上を述べる。
「あまねく太陽のように国の隅々まで照らし、海よりも深く広い御心を持つ皇帝陛下にご挨拶申し上げます。サイード・イブン・カラール、お召しにより参上いたしました」
「うむ。サイード、楽にして良い」
「はっ」
「実はな、このところ帝国は非常に頭を痛めている案件がある。禁止したアヘンを闇ギルドなる者達によって密輸が後を絶たない。西側の海洋国家群に圧力を掛けてみたが、彼らもこのアヘンに苦しんでいるようだ。出所を探ったところ聖ピウス皇国という国が深く関係しているらしい。元はユークリッド王国だったその国は、聖ピウス教という怪しい教団が王家に対し謀反を起こし樹立された国だという。得体の知れない怖さがある。海洋国家群も手をこまねいていたわけではなく、何度となく探りを入れるべく、間諜を派遣したが一人も戻ってきてないらしい。そこで、武勇秀でた其方が秘密裡に聖ピウス皇国にもぐり込み内情を探ってきてはくれまいか」
「はっ、陛下からのご下命、承りましてございます」
「やってくれるか。其方からは何かあるか」
「任務遂行にあたり、連れて行きたい者達がおりますので後でリストにして名前を挙げます」
「分かった。期待して居るぞ」
この話はちょっと過去に戻ります。