230. 別れ ③
馬車は軽快に坂を下り、王都ベアレスの中心街を駆け抜ける。馬車はいつしか中心街を抜け、木造の低い建物が並ぶ郊外へと出る。エルはその街並みを感慨深く見ていた。
「エル、どうしたの」
「ん、ここに来たときはヴィルヘルムとウィルが一緒だったなと思って」
「ああ、そうだった。ヴェルヘルムなんか目をキラキラさせて馬車から身を乗り出していたよね。落ちないかとヒヤヒヤしたよ」
「そこはウィルがしっかり捕まえていたな」
「彼らも今は結界の向こうか。きっとアインステッドの街を出たら、また同じように目をキラキラさせて風景をみてるんだなと思って」
いつしかその街の様子も終わりを迎え街を守る門が見えてきた。
「あっいたいた、おおーい」
そこには馬車2台に物資を積んだジル達が待っていた。
「待たせたな、じゃあ、行こうか」
門をくぐり、森林地帯へと入る。いつの間にかエルはジル達の馬車に乗り換えている。
「ジル姉さん」と言ってエルはジルに抱きついた。
「あらあら、エルちゃん、どうしたの」
「なんか寂しくなっちゃって。ここに来たときはウィル達が一緒だったでしょう。でも今は遠く結界の向こうだし。ジル姉さんたちとももうすぐお別れでしょ。だから・・・」
「エルちゃんは寂しがりやさんなのね」
「私、結界の向こう側にいたときはあまり外に出なかったし、知り合いも多くなくて。でも、こちら側に来たら、本当にいろんな人と出会えた。皆、とてもいい人で感謝してる。でも別れが辛いの」
「エルちゃんはちゃんと成長しているんだね。人生は別れと出会いの繰り返しよ。私なんてこんな商売しているのだから、別れと出会いなんて数えきれないほどあるわ。でもそれが私自身の糧になっていると信じているの。エルちゃん、出会った絆を大切にね」
3日後、馬車はヤガの街へ着いた。女王からの連絡があったのかライド伯爵が迎えてくれた。
「神狼様、賢者様、皆様、ようこそヤガへ」
「伯爵、世話になる」
「はい、お部屋もご用意しております。おくつろぎ下さい」
ジル達も一緒にということで、彼らは大変恐縮していた。
「俺、伯爵様のお屋敷なんて初めてでなんか調子狂うな」とテツがぼやくとサンガが笑って「これもいい経験さ」と答えていた。
夜の食事会の場ではジル達はそれを辞退し、街へ繰り出していった。食事会の後、アレク達が彼らと合流し、最後の夜を飲み明かした。
「お貴族様の食事会なんて俺には無理だ」とテツがいうとジルも「そうだね。マナーとか何とか分からない事だらけだしね」と同意する。
「それよりも好きな物を食べ、好きな物を飲む方がどれだけいいか」とサンガ。
そんな彼らとも明日でお別れだ。ジル達は明日、蛇族の住まうデムル湿原へと向かう。何でも雨期に入る前に一商売するのだそうだ。
翌朝、ジル達は東へ向かう街道の方へ舵をきった。アレク達はその馬車が見えなくなるまで見送ってから元来た道を走っていく。鍵が示す方向に向けて。