219. 避難開始 ③
魔の森の奥深く、張り巡らされた蜘蛛の糸の奥深く。子蜘蛛達からの情報で川の向こうに魔石の鉱山があることを知った。彼女はここから出て、その鉱山に行くことにした。この先に橋があるようだ。だが、今の彼女の大きさでは橋は渡れない。分裂して行くことにする。鉱山で魔石をたらふく食べれば彼女はもっと強くなれる。そうなれば、あの忌々しい結界を破れるかもしれない。そうだ、魔王様に魔石をお土産にしてもよい。その日、彼女は長年住み慣れた巣を出ることにした。
一瞬、落ちていく感覚が襲ってき、目を開けるとそこは見知らぬ街だった。ヴィルヘルムとウィルは辺りを見渡した。目の前に立派な建物があった。
「ここはアインステッドという街の市庁舎だ」
「ここは結界の向こう側なんですね。すごい。本当に人間の街なんだ」ヴィルヘルムが興奮して言った。
「アレク達はこの中にいる」
シリウス達は建物の中に入って行く。ロビーにアレクがいた。
「シリウス様、お手数をかけました」
「いや、緊急事態だ。かまわない。それよりヴィルヘルムが一緒なんだけど」
アレクは視線を移し
「ヴィルヘルム、どうして獣王国にいなかったんだ。向こう側にいた方が絶対安全だったのに。お前はユークリッド王族最後の生き残りなんだぞ。それに・・・」
「だってアレク達だけでなくウィルもいなくなってしまったら僕はどうすればいいの。向こうには聖ピウス皇国の奴らもいるし。僕は足手まといになんかならないよ。なんでもお手伝いする。だから一緒にいさせて」と泣きながらヴィルヘルムはアレクに訴えた。
「アレク様、私からもお願いいたします」ウィルも頭を下げる。
「来てしまったのだからしょうがないか。取り敢えず、上にあがろう」
「エル、ウィルが到着した。あとヴィルヘルムも」
エルは気怠げにソファから身を起こした。
「ウィル、お願いがあるの。私を手伝って」
「お心のままに。聖女様。で私は何をすればよいのですか」
「実は人々を蜘蛛が取り付いていないか診断して欲しいの。私一人しか診断できなくて」
「私に出来ますか」
「恐らく貴方も『見える』と思うわ」
「取り敢えず確かめに行こう。エルはそのまま休んでいろ。俺達だけで行ってくる、ロンも一緒に来てくれるか」
「キュイ」
アレク達は馬車で街の郊外の隔離施設へと向かった。中は結界で仕切られていたがロンが一時的に結界を外す。中に入ったウィルは思わず顔をしかめた。
「この人達が『踊り病』に犯された人なんですね。成程、私には小さな蜘蛛がビッシリと頭に詰まっているのが見えます」
「ねえ、ウィル、僕にも分かるよ」
「本当か、ヴィルヘルム。だとしたらありがたい。明日から人々を診断してくれ」
その夜、子爵と役人を交え今後の方針が話し合われた。