218. 避難開始 ②
獣王国女王ベアトリスは戴冠式後、忙しい日々を送っている。ここ何代かは獅子族が王位を継いでいたのだからいたしかたない。獅子王国の役人からの引き継ぎ、また憂慮すべき外患、聖ピウス皇国への対策など挙げれば切りがないほどの仕事量である。
そんな彼女の執務室へ賢者シリウスが現れた。
「賢者様、一体どうされたのです?」
いきなり現れたシリウスに驚いて彼女は声をかけた。
「驚かしてすまない。緊急事態だ。魔の森にタランチュラが現れた」
「タランチュラ!」
「こちら側は結界があるから今はまだ安全だが、あと一月で黄金の道が現れる。その際、奴がこちらに来ないとも限らない。それまでに奴を仕留めなければ大変なことになる」
「なんということでしょう。あの伝説の死に神、タランチュラが復活した・・」
「今、向こう側で『踊り病』が発生していて、対応に苦慮している。エル殿が蜘蛛にたかられている人物を見分けられるようだが、いかんせん一人だ。そこでユークリッド王国の者に助力を頼みたいそうなんだが」
「お二人をすぐここに呼びましょう」
彼女は侍従に二人を呼びに行かせた。
暫くして、侍従に連れられヴィルヘルムとウィルが来た。二人共、何か起きたのかと不安そうだ。
「急に呼び出してすまない」シリウスは二人に謝った。
「いいえ、何かあったのですか。賢者様はセイガの村へ行ったと聞きました」
「結界の向こう側に行っていたんだが、恐ろしいことが起こった。君はタランチュラのことを知っているかい」
「いいえ、知りません。ウィルは知っている?」
「いえ、私も存じ上げません」
「大災厄の時代、魔王の右腕として暴れ回った大蜘蛛タランチュラだ。それが復活した」
「ええっそれじゃアレクさん達は・・」
「タランチュラが及ぼす病『踊り病』に対応しているが、人手が足りない。それでエル殿からウィル殿へ応援要請が来ている」
「聖女様からのご依頼ですか。それならばすぐに参ります。ですが・・」
とウィルは言葉をきりヴィルヘルムを見る。
「そのような場所にヴィルヘルム様をお連れするのは」
「何いってるの、ウィル。僕も一緒に行くよ。賢者様。僕は足でまといかも知れませんが、皆に迷惑を掛けることはしません。連れて行ってもらえませんか」
「ここの方が安全だと思うが・・・分かりました。一緒にお連れしましょう。このまますぐにあちらへ飛びますが宜しいですか」
「はい、お願いします」
「ではベアトリス、万が一のことも考え、魔の森に隣接している蛇族にこのことを知らせてくれ」
「承知いたしました」
「では」
シリウスは杖を挙げ魔方陣が回り出した。一瞬にして三人が消える。