217. 避難開始 ①
避難を決定した後、キール子爵は、辺境伯宛に書簡を送り、避難民の受け入れを要請した。カレン郡都エアリアはここから1週間ほどの距離がある。早馬を使っても3日はかかる距離だ。ただ、街ぐるみ受け入れが出来るところはエアリアしかない。返事を待って出発するのは早くても一週間後になる。
「殿下、避難先はエアリアとしてこの後、民をどのように送るかですが」
「まず、地区ごとに分け、順次エルに診断させよう。診断できた者から出発準備を始めて行く。あと、橋はこの際、爆破する」
「橋を爆破ですか」
「これ以上、子蜘蛛をこちら側に来させないためだ」
「わかりました。工兵を橋に集めましょう」
「以上だ。皆、急を要することだ。心してあたってくれ」
役人達が各自持ち場に散っていく。そこには異様な緊張感が生まれていた。
「セイガ、家のジョンにエアリアに逃げてと伝えてくれる?あの辺の人は蜘蛛に寄生されている人がいなかったからジョンに声がけして貰って一緒に逃げた方がいいと思うし」
「わかった。街道途中の家々にも声がけしてくれるよう頼んでおくよ」
そう言ってセイガは走り出した。
「後は、いつ奴が動き出すかだな」
「子蜘蛛を放って来ているところをみるとそう遠くない未来だね」
「出来れば、奴がこの街に入る前、魔の森に居る内に仕留めたいのだが」
キール子爵から緊急依頼が届き、辺境伯はすぐに受け入れ準備に入った。
「閣下、アインステッドの民全てが避難してくる場合、とてもエアリアだけでは受け留められません。他の街にも応援要請をするべきです」エアリア市長が辺境伯に抗議すると、
「だが要請するにしても今は時間が無い。取り敢えず出来るところまでやっておけ。その間に他の街にも要請はしておく」と市長の抗議を突っぱねた。
エルは役人の手配した区分ごとに診断を開始した。人数が人数なので一人づつ見るわけにはいかない。グループ単位で見ていく。何でもなかったグループから順次、避難準備にとりかかった。見てもらう順番に文句をいう者もいたが、避難までまだ時間がある旨を役人から説明を受け渋々それに従っている。
夜になって、本日分の診断が終わりくたくたになって帰って来たエルにアレクは声を掛けた。
「お帰り、エル。どんな状況だ」
「一応本日分のノルマはこなしたけど、さすがに一人では辛い。もっと効率の良い方法はないかしら」
「そうだな。エルに負担がかかり過ぎているが。もしかしたらヴァンパイアの目を持っていれば見えるのではないか。そうなるとシリウス様に頼んでウィルをこちら側へ呼ぶか」
「うん、そうしてもらえるとありがたい」とエルは力なく言った。
アレクは治癒魔法をエルにかけ休ませると、シリウスの所へ行った。
「シリウス様、獣王国からウィルという者を連れてきて貰えませんか。ヴィルヘルムの従者をしている者です。彼がエルと同じように『見える』可能性が高いのです。エル一人では負担が大きすぎ、最後まで見れるかどうか怪しくなってきています」
「やはりエルだけでは無理か。わかった。彼をつれてこよう」
シリウスは杖を上げ、魔方陣を回し、そして消えた。