205. 神狼の帰還
「なあ、長老様、ひどくねえか」
「そうだな。あんな子供を見捨てるようなこと言うなんて」
長老の邸の離れで見張りをしているオオカミ族の村人が囁きあった。子供はそのまま隔離されてこの離れにいる。医者が来て容態を診ているようだがどうも状況は良くないらしい。先程、薬師が薬を持って入ったばかりだ。
「うわあっ」と薬師が転がるように出てきた。見張りの村人が薬師を捕まえ状況を聞くと、薬師は震えながら「部屋を見てみろ」という。村人の一人が中を覗いてみると子供の体から夥しい数の子蜘蛛がボコッボコっと傷口から溢れでている。「ヒイイッ」と彼は腰を抜かして他の村人に助けを求めた。彼らは医者を呼びに行き、状況を話すと、医者は首を振り彼はもう助けられないことを村人に告げた。さらにお前達があの子蜘蛛を移されてないか確認をされ一緒に村長のところに連れて行かれた。
その後、村長の判断で離れの建物を焼却することになり、村長は村民を一同に集めて声を張り上げた。
「皆、聞いてくれ。今晩、子供が一人亡くなった。村が蜘蛛に襲われたことを知らせに昼夜問わず走ってきてくれた健気な子だった。大蜘蛛タランチュラの復活に違いない。伝説の大災厄時代、奴は未曾有の災害をまき散らした。我々はこれから厳戒態勢に入る。各自、蜘蛛を見かけたら火魔法で対抗するように」
村人達はどよめきそして不安が広がる。そこで村長は更に声を上げる。
「今、長老様が神狼様を呼び出しておる。後の対策は長老様と神狼様とで話合うことになる。それまで各自蜘蛛に十分注意して過ごすように」と言ってその集会を終わらせた。
母屋の奥の方で、長老は召喚の儀式を続けている。そこに祭壇から光が現れ、神狼が現れる。
神狼は長老を見て「一体、何ごとが起こったの?」と首を傾げている。
「おお、神狼様お帰りなさませ。実は・・・」
長老は北方の村が大蜘蛛に襲われたこと、それを知らせてくれた少年が子蜘蛛に殺られたこと等を話した。セイガは長老の話を聞き、考え込んだ。
大災厄が起きてから800年。一度も姿を見せなかったかつての魔王の片腕、タランチュラ。それが動き出したということは魔王の復活が近いのかもしれない。エルフ達は魔石の行方を今も警戒しながら追っているが、それはあくまでも結界の中だけの話だ。結界の外には目を向けていない。もしも、タランチュラが結界の外で力を800年間力を蓄えていたとしたら・・・
ここまで考えてセイガは長老に言った。
「これは我々オオカミ族の問題だけでは済まされない。各国、特にズデーデン王国王とシュトラウス国王にはこの情報を共有すべきだ。すぐにズデーデン王国王都カルアに使者を立ててくれ」