203. アインステッドの異変 ①
”始まりの街”アインステッドの冒険者の間で最近妙な噂が囁かれていた。魔の森深く入った連中が帰って来ないことが多く、帰って来ても寝たきりになり、終いには踊り狂って死んでしまうというものだ。
これを重く見た代官のキール子爵は森に入った冒険者一人一人に魔の森の状況の聞き取り調査を行っている。だが調査が遅々として進まない。まず根本的にどのくらいの冒険者がこの街に滞在しているのか掌握できていない。分かるのは冒険者ギルドを通して仕事をしている者達だけだ。それ以外にも、薬草を摘みに行ったり小動物を狩ったするものは多数いる。現状この街を離れたりしている者も把握できていない。冒険者誘致のために煩わしい手続きを撤廃したため、人の出入りは未知数だ。行方不明者というのは届け出が出された者だけにかぎる。それでいうと行方不明者は以前とそれほど変らないということになる。病についても伝染性のある病ならともかく一人二人おかしな者が出ても役人も医療者も重大な病とは取られない。
そんなある日の昼下がり、「誰か止めてくれー」と言う声と共に街中に踊るような足取りで出てきた冒険者がいた。近くの者が腕を持って止めさせようとするが彼の足取りは変らない。数人が抑え込んでも尚、足をばたばたさせている。
「誰か止めてくれよ。止まらないんだよ」 とその冒険者は泣きながら訴えた。その騒ぎを聞きつけ役人がばらばらと駆けつけた。その頃には相当数の野次馬もいる。とそこへまたしても別の場所で騒ぎがおきる。
「取り敢えず医者の所へ連れて行くぞ」
役人は足をばたばたさせている男を近くにいた男達に担がせその場を離れた。
「何なんだろうね、あれ」
丁度その場に居合わせたオリーおばさんは薬屋のおかみに声をかけた。
「私ら『踊り病』って呼んでんだけどね、何でも死ぬまでああして踊り狂うっていうんだ。それに治す薬もなけりゃ、原因も分からない。医者もお手上げだっていってたよ。それがここ最近、やけに多くみかけるようになって。恐ろしい話さね」
「流行病なのかい?」
「それすらも分からないらしい」
医者の所へ連れて来られたその男は暫くばたばたと足を動かしていたが、突然、マリオネットの糸が切れた人形のようにカクンと動かなくなった。驚いて周りの者達がその男を揺さぶるも、その男はすでに死んでいた。医者はその様子をつぶさに見ていたが思い切って役人に告げた。
「お役人様、ここ最近このような患者が増えて来ております。原因の特定を急ぐためこの男を解剖したいと思いますが許可していただけますか?」
役人は苦虫を噛んだような顔つきで「仕方なかろう。キース子爵様にご許可をとるゆえ暫し待て」と従者の者を子爵邸に向かわせた。そしてキース子爵自身が解剖に立ち会う事が決まった次の日、さらに踊り狂う者が大量に発生した。