182. ヤガの怪異 ②
交易路の中心であるヤガの中央通りは夜になっても賑わいを見せていた。
「特性たれをつけた串焼きはどうだい?」
「熊国の特別な蜂蜜をつけたあま~いパンだよ」
夜でも途切れない通行人に向けて屋台の呼び声も活気に満ちている。賑やかな中央広場を抜けて北側に進むと居酒屋や娼館がならぶ地域に出る。そこは酔っ払いや客引きの娼婦がいてお世辞にも治安の良い地域とは言えない。そんな通りを小間物屋の若夫婦は歩いていた。
「この辺りの路地に隠れていれば獲物があっちからやってくるね」
「でも酒くさいのはやだなあ」
「じゃあ、娼婦にしようか。俺が客の振りして連れて来るよ」
男は通りに出て客引きをしている娼婦に声をかけた。
「お姉さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あら、いい男。お兄さん、そこの孔雀館に寄っててよ」
「んー、後で楽しませてもらうよ。それより情報をくれないか」と男は言って小銭を握らせる。
「何だい、聞きたい事って」
「ここじゃなんだからちょっとそこの路地まで来てくれないか」
「しょうがないねえ、ちょっとだけだよ」
男は暗い路地裏に娼婦を誘い込む。そこで赤い目が出迎えた。
「ひっ」 娼婦は身動きできず固まった。
男がいきなり首筋に噛みついた。そして赤い目の持ち主が彼女の手首の動脈に噛みつく。
みるみるうちに娼婦が干からびていく。骨と皮だけになった死体を彼らは近くのドブ川に捨てた。
「ふふふ、以外と簡単に釣れたわね」赤くぬめった唇を舐めながら女が言った。
「ああ、今度からここで狩りをしよう」
賢者シリウスの一行がサリタ通りに到着したのは、日没からそれほど時間が経っていない頃だった。
「ここがサリタ通りか。人通りもなく閑散としているな」アレクは辺りを見廻しながら言った。
「まあ、こういう所じゃ何があっても気付かれないね」
「闇ギルドの者が言っていた小間物屋というのはあそこか」
固く閉じられた扉の隙間から中を覗くが、気配がない。
「しまった、奴ら別の場所で狩りをする気だ」とシリウスが声をあげた。
「別の場所?」
「ここは変死体が出た場所として一度警備兵が来ている。続いて変死体が出てはまずいとでも思ったのだろう」
「ここで奴らが帰って来るのを待つかそれとも別の場所に探しに行くか」
「手分けしよう。エル、ロン、お前達はここで待機して奴らが帰ってくるか見張ってくれ」
「分かりました」
「賢者シリウスと俺とセイガは中央通りの方へ行ってみる。何かあったらロンを飛ばしてくれ」
「キュイ」
「じゃあ頼んだぞ」
賢者シリウスとアレク達は中央通りの方へ走っていった。
エルはロンと共に物陰に身を潜める。
まだ夜は始まったばかりだ。