174. 或る魔法使いの追想
少年は恐ろしい夢を見た。黒い魔物がやって来て村中の食い物を食い散らかし皆飢えて死んでしまうという夢だ。何日もそれが続くので両親に相談したが彼らは全然相手にしてくれない。それどころか食い過ぎてそんな悪い夢を見るのだと食事の量を減らされた。彼は大変『ふくよか』だったのだ。彼は閉口してそれ以後夢の話は誰にもしなくなった。
そして暑い夏が来て、秋が来た。少年の夢はより鮮明になってきた。黒い魔物と思われていたのは虫だった。何千何万という虫の大群が襲ってくる夢。終いには弱った人間でさえも喰らい尽くす。
彼は恐ろしくなって、再び両親に夢のことを話したが両親は一笑に付した。
彼はどうすることもできなかった。彼は穴を掘り始めた。彼は穴を自分の部屋くらいまで広げて食料と水をせっせとその穴蔵に運び込んだ。彼の行動を見て、村人達は嘲笑った。
秋の実りは豊作だった。村中総出で刈り取り作業をし、豊作の祭りが行われた。祭りで村人が酔いしれている時、それは起こった。空が黒雲に覆われた途端、それが襲ってきた。村人は悲鳴を上げて家の中に引きこもった。虫たちは何でも喰らった。秋の収穫物も種芋も全て喰らった。あげくに家までも。不幸なことに村の建物は木製だった。村人は飢えた。もう食べる物が殆どない。にも関わらず虫が恐ろしくて外へ出られない。その内、家の壁を食い破った虫たちが一斉に家の中に入って来た。弱った村人達は群がった虫たちに食われていった。彼の両親でさえ。
彼は自分が作った穴蔵に入っていた。何日も、何日も。暗闇の中、祈りながら。微睡んでいた彼が、ふと目を覚ました時、あの地鳴りのような音が止んでいた。押し固めていた入り口の土をどけて地上に出てみると外は満月だった。村の家々は残骸だけを残し、村人達は・・・・
綺麗な白骨になっていた。
彼は泣きながら遺体を集め葬った。これからどうしようかと思案しているところで声がした。
「驚いた。まだ生きている奴がいたとは」
振り返るとそこには白銀の巨大なオオカミが彼を見ていた。
「あの災厄から生き残るとは。お前からは確かな魔力が感じられる。私と共に来るがよい。お前を立派な魔法使いにしてあげよう」
彼は白銀のオオカミの背に乗ってこの悲しみの地を離れた。そして、オオカミに従って魔法の修行にあけくれる。いつしかオオカミもいなくなっていった。
それから、800年ほどの年月が流れる。