171. リーゼ村の奇病 ②
ロブは楽しい日々を送っていた。生まれてからこの方こんな楽しい日々はなかった位だ。彼はねぐらにしている宿屋の裏手にある納屋からひょっこり顔を出した。丁度良い具合に今日は新月だ。この暗さでは何をしようが見られる心配はない。
「へへへ、今日はどいつを殺ろうかな。そうだ、十字屋の女将、あのふとっちょババア、人のことゴミくず野郎などとぬかしやがって。あいつが哀れみをこいて干からびて死んでいくのが楽しみだ」
彼は通りを越え、斜向かいにある十字屋に向かって歩いて行った。
「ねえ、アレク。外に見回り行ってみない?今日は新月だしどうも気になるのよね」エルは窓の外を眺めながらアレクに言った。
「エル様もそうお感じになりますか。実は私も気になっていたんです」
ウィルが同意するとアレクは「じゃあ手分けして見回りに行くか。但し、ヴィルヘルムは留守番だ」とヴィルヘルムの方を見た。
「えー」と不満げな声を出すヴィルヘルムに「近衛騎士達への連絡役がいないと困るだろう?」と言うと「まあ、そういうことなら仕方ないか」とヴィルヘルムは留守番役を引き受けた。
「じゃあ、俺とセイガは左手の方へ行く。エルとロン、ウィルは右手の方を見回ってくれ」
エル達は夜目が効くのでそのまま歩いて行ったが、アレクは夜目が効かない。魔法で手の上に光を出し、セイガと共に歩いて行く。
エル達が進んで行くと、誰かが道を横切った。この暗闇の中、灯も点けずに歩いて行く。エル達は急いで後を追った。
「さあて、裏口から入るか」
裏にまわり込んで裏口の扉を開けようとした時だった。
「何をしてるの」
後ろを振り返ると4つの赤い目がこちらを睨んでいる。
「ひっ」思わず声を出し、尻餅をついた。
「見たところ、相当、低級な奴ですね。おい、お前、何をしようとしていた」
彼は口をパクパクさせるばかりで声も出ない様子だった。
「ロン、セイガに怪しい奴がいたって知らせてくれる?」
「キュイ」ロンはすぐに飛び上がってセイガ達の方に向かって行った。
エルの目から赤い光がほとばしる。
「動かないで。質問に答えなさい。何をしようとしていたの」
「ここの女将の血を吸い上げてやろうとしてた」
「今までこの界隈で起こった妙な病は、全部、お前がやったことなの」
男は首をこくこくと前に動かした。
「はあ、やっぱり。ところでお前は熊族みたいだけれど、何故ヴァンパイアになったの」
「俺が旦那様の用事でベアレスに向かった時に、黒服の変な奴がいて襲われたんだ。そいつに首を斬られて死にそうになったからそいつの足にしがみついてやったら、そいつが変なことを言ったんだ。『死にたくないか。じゃあこれを飲め』ってさ。何だかドロっとした物だったけど俺、死にたくないから必死に飲んだよ。気が付いたら生きてた。首の傷も消えてたし。そしたらその男がクツクツ笑って、『お前は生まれ変わったのだ。誰もお前を止めることは出来ない。気に食わない奴がいたら血を吸って殺してしまえ』と言われその通りにしてたんだ」
エルとウィルは目を見交わした。
「闇ギルドの者が入り込んでいる」