167. 熊族の国 ③
「なんですって!」
帰って来た使者の言葉にベアトリス女王は呆然と立ち尽くす。獅子国王レオポルドが獣人国の王権を放棄し、代わりにベアトリスが次期獣人国王になることが決まったというのだ。
「そんな・・・」
あれほど強かった獅子国がなんの手立ても出来ぬまま、いいように国を荒らされ王権さえも手放さなければならなくなったことにショックを受けていたのだ。
「いったい何があったのです」
使者は事の発端から話し始めた。聖ピウス皇国が『マタタビ』という薬物を獅子国に蔓延させたこと。この薬を嗅ぐことで兵士も住人も一様に無気力になってしまい普通の生活が送れなくなってしまったこと。それをいいことに聖ピウス皇国は正教会を王都に建て、魔力のある者を攫い魔石に魔力を吸わせるなど非道な行いをしていたこと。自身や鳥、蛇などの使者も捕まり、魔石に魔力を吸われていたが、神狼様一行が助けてくださったことなどを話した。そして、『マタタビ』があるうちは、獅子国では防衛ができないということになり、聖ピウス皇国に近い我が国が選ばれたことを話した。
ベアトリスは深い溜息を吐き「わかりました。しかし、その『マタタビ』とやらは我らには害がないのですか?」と使者に聞くと、使者は「不思議なことに、猫族やそれに類する者達のみ害するようです」と答えた。
「そのような物で人心を狂わすなどと恐ろしい。彼の国とは山脈があるとはいえ隣国。余計な物を持ち込んでいないか徹底的に調べる必要があります。聖ピウス皇国の者は一時的に身柄を拘束し持っていれば牢にもっていなければ国外に放逐しなさい」
慌ただしく騎士達が去って行く後ろ姿を見ながら、彼女は「大変な事になった」と呟いた。
夕飯の時間となり、久しぶりに一同が食堂に会した。厨房からはなんともいえず良い匂いがただよっている。セイガなどは尻尾をブンブン振って落ちつかな気だ。
「お待たせ。鴨のロースト肉だよ。それから今日は池から採れた魚の塩焼きだ」
宿の亭主が出してくる料理に舌鼓を打ちながら、今後の事を話し合う。
「私としては、この街に留まって一儲けしたいところなんだけど」とジルが切り出すと
「いいんじゃない。でも、僕らは先に行かなきゃならないからベアレスで落ち合おうよ」とロース肉に齧り付きながらセイガは言った。
「そうだな、俺らは先にいってるからゆっくり来なよ」とアレクも同意する。
「それじゃまあ、そういうことで」と話が決まった。
翌朝、アレク達は出発し、ジル達は残ることとなった。
「ジル姉さん、じゃあベアレスで。儲かると良いですね」
「儲かるに決まってるさ。とっときのを持ってきたからね。気をつけて行くんだよ」
アレクとサンギは馬上で、馬車はマルタ司教が御してベアレスへと向かった。
お読み頂いてありがとうございます。今年1年、特に正月から大変な年でしたが、皆様はいかがお過ごしになりましたか。来年が良い年でありますようお祈り申し上げます。