166. 熊族の国 ②
「兄様、降りてもいい?」
「ああ、気をつけるんだぞ」
ヴィルヘルムは馬車を降り、小さな川に掛かっている石橋の上から川を見つめた。澄んだ川の中で魚が何匹も泳いでいるのが見える。
「わあ、すごい。魚だ」
「坊主、魚を見るのは初めてか?」石橋の上から釣り糸を垂らしていた老人が声を掛けた。
「うん、泳いでいるのは初めて」
「そうかそうか。ここパディの街の北側には大きな池があってな、この川はその池から流れてくるんじゃよ。魚たちもその池からな」
「そうなの。僕、その池も見てみたい」
「すぐそこじゃから行ってみるとよい」
「うん、おじいさん教えてくれてありがとう」ヴィルヘルムは声を掛けてくれた老人に手を振りながら馬車を追った。
パディの街は北側に大きな池があり、街道の宿場町というよりは風光明媚な観光名所という色彩が強い。池の向こう側には山が連なりその麓には牧場が広がっている。その牧歌的な風景に加え、街自身が木造の独特の造りの家々が軒を連ねている。窓辺には花々が飾られ、通りの所々に花壇があった。
「綺麗な街ですね」エルはうっとりしながらジルに言った。
「そうだろう?王都から3日っていう近さもあって観光地としても人気なんだ」
やがて馬車は大きな宿の前で止まった。
「親父さん、いるかい?」テツが奥に向かって言うと、奥から恰幅のいい熊族の男が現れた。
「テツじゃねえか。ジル達もいるな。それに・・・。まあ、いいや。部屋はどれ位いる?」
「4部屋頼むよ」
「階が分かれるが構わねえか?」
「ああ、十分だ。あと食事も付けてくれ。おやっさんの鴨料理が楽しみなんだ」
「鴨か。任せとけ」
「ここはね、商売の時に使う常宿なんだよ。あの親父の作る料理が絶品で、この街に来たらここってきめてんのさ」ジルは階段を上がりながらエルに言った。
「楽しみですね」
ヴィルヘルムとマルタ司教は着くとすぐに大池を見に行った。
「わあ、兄様、湖みたい」
「そうだな、池というより湖に近いな」
「あ、あそこに鳥が一杯いる」
「鴨だな。鴨を飼育しているようだ。鴨は肉が美味いし、羽も使えるしな」
「ねえ、兄様、クイル村覚えてる?昔は凄く綺麗な所だったって聞いている。オロイ湖で鴨飼えないかな。そしたら、皆、飢えなくて済むでしょ?」
「そういうこともおいおい考えていくことにしような。この国から教わることがまだまだ沢山ありそうだ」
「あの国がこんなに素敵な所みたいになったらいいのにな」
彼は昔のクイル村を知らない。ここ以上に美しかった村を破壊した自分達をマルタ司教は恥じた。それと同時にこの子の為にも、かつてのユークリッド王国を復活させなければと思うのであった。