164. 見晴らしの良い峠にて
「ねえ、この人達どうするの?僕としては熊族の元に連れて行くわけにはいかないんだけど」セイガはアレクを見上げて言った。
「そうか。熊族の役人にでも引き渡そうかと思っていたが」
そこへ馬車から降りてきたマルタ司教が静かに言った。
「私に任せて貰えますか」そしておもむろに三人に近づいて言った。
「残念ながらお前達はここまでだ。お前達が私とヴィルヘルム王子を追ってきたのは知っている。大方、ヤコブ枢機卿の差し金だろう。だが、安心すると良い。この後、私と聖女様が聖ピウス皇国に行き、国をあるべき姿に返す。お前達、ご苦労だった」
すると三人はマルタ司教を見、そしてエルを見た。彼らは泣いていた。そして軽くお辞儀をしたかと思うと急に倒れ込んだ。アレクが近づくともう息はしていなかった。
「テツ、彼らを埋葬してやれ。眺めの良い場所にな」
テツは頷くと三人の遺体を担ぎあげ見晴らしの良い大岩の陰に行った。
皆が思い思いの場所で昼食を取っていると、マルタ司教がエルの側に来てこう言った。
「聖女様、お話がございます」
エルは頷き、少し場所をずらしてマルタ司教に座るよう促した。マルタ司教はそこへ座り話だした。
「聖女様、どうか聖ピウス皇国の民をお救いください。ヴァンパイアの者達は民を家畜として飼っているのです。ご存じのように、彼らは通常の食物を採りません。だから、出来た作物は餌として農民に分け与えているのです。しかも、掘っている魔石のせいで土地の魔力が失われ、年々作物が出来にくくなっております。屈強な若者は強制的に闇ギルドに組み込まれ、例の呪いを掛けられます。老人達は淘汰され、残った女子供は痩せた土地を耕し、血を絞り取られます。ザビエル教皇や枢機卿、司教達はこれがヴァンパイアの支配するあるべき形であると豪語しています。私も司教の一人でしたので彼らのすることに異議を唱えませんでしたが、前世の記憶を持つ者としてこんなことは許せません。ユークリッド王国の王族であるヴィルヘルムを助けたのもその気持ちからでした。彼らの行いを正し、あるべき国の形を取り戻して欲しいのです」
「わかりました。どれほどのことを私が出来るかは分かりませんが、彼らを正すのは私の役目と考えております」
「おお、では」
「私達は熊族の女王に謁見したあと、聖ピウス皇国に向かうつもりです。貴方やヴィルヘルムにも助力をお願いしたい」
「勿論です。これで彼の者達も浮かばれましょう」そう言って、三人が葬られた大岩を見やった。