163. 二人の転生者
マルタ司教が目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎであった。
「兄様!」
辺りを見廻すとガタゴトと揺れる馬車の中だった。この時の目覚めはマルタ司教にとって一生忘れられない事となった。体の中のあの嫌な血に飢えた焦燥感が綺麗さっぱり無くなっている。ふと、目の前にいる小さな碧い瞳に笑いかける。
「おはよう、ヴィルヘルム」
「もうっ、兄様ったら全然目を覚まさないんだから。僕、このまま目を覚まさなかったらどうしようと思った」
この子が堪らなく愛しく感じて頭を撫でてやる。
「よう、目が覚めたか」アレクが声を掛けた。
マルタ司教は起き上がり頭を下げた。
「はい、こんなすがすがしい目覚め、この世界に来てから初めてです」
「ところでお前、闇ギルドの連中が呪いを掛けられていることは知っていたか?」
「はい。裏切らないようギルドに所属した時に掛けられるようです」
「解呪の方法はわかるか」
「残念ながら私の担当ではなかったので」
「そうか。ところでお前、前世の記憶を持っていると言っていたな」
「はい。前世はこことは全く違う世界でした」
「なるほど。その世界はどういうところだったんだ」
「そうですね。私は目覚める直前までスキーというスポーツをしにバスという乗り物に乗っていました。そのバスが事故に遭って」
「ちょっと待て。スキー、バス?もしかして『日本』と言う国は知らないか?」
「えっ、あの・・」
「実は俺も転生者なんだ。日本からの」
「本当ですか?すごい、日本人の転生者に会えたのは初めてだ」
「俺の場合は、車が俺に突っ込んできて気が付いたら6歳児の体になっていた」
「そうだったんですね。私は医学生で卒業旅行に行った時に事故に遭って」
「医学生か。残念だったな。俺はしがないリーマンだったよ。でも、向こうでは時代的に近かったんじゃないか。こちらでは500年くらいの隔たりがあるが」
「言われてみればそうですね。ちなみに私が事故に遭ったのは2008年です」
「2008年か。俺は2024年の5月だ。16年の開きが500年になるのか。向こうの世界とこっちの世界では時間のあり方が根本的に違うのかもしれない」
「そうですね」
二人は何かを考え込むように黙った。馬車はガタゴトと動きつづける。
「ねえ、兄様、あれを見て」ヴィルヘルムの声で静寂が破られる。
眼前には熊国の豊かな大地が広がっていた。
「ここで休憩を取ります。もう後は、下るだけですからね」サンガが前の馬車を止めて言いに来た。
「眺めが良いでしょう。ここは昼食を取るのにはもってこいの絶景ポイントなんです。おや、ウィル君目覚めましたか。よっぽど疲れていたんでしょうね。でも、もう大丈夫ですよ。すぐに熊国に入りますから」