116. 決行前夜
「ところで、ザカリア伯爵のご家族はどうなされている?」
「はい、聞くところによりますと領主邸に軟禁されているとか。次期伯爵が教会に捕らわれてから正教会側の騎士達が邸を見張っているようです」
「次期伯爵は教会に捕らわれたままか。では兵士達を動かしているのは教会なのか」
「騎士隊長のザンク様が指揮を執っておられるようです。私はあの方が恐ろしい。主人はあの方によって殺されたようです。それも血を啜られたというではありませんか」
「なるほど、ドラゴンヴァンパイアの元締めというわけか」
「ザカリア次期伯爵とそのご家族を助け出さねばならないな」
「これはこれは、皆様方、お元気そうでなによりです」
「エミリオ司教、我々をどうするつもりだ」
「物資が不足して、街の者達が困っております。あなた様にお隣のセンドーサ領に行って救援を求めていただきたいと」
「父上がいるだろう。父上はどうした」
「それが、あなたのお父様は病を患っておいででしてな。今、懸命に治療をしているところなのですよ。とてもセンドーサ領に行くのは無理な状態でして」
長男のクリスは唇を噛んだ。父と家族を人質にとられている以上、聞かないわけにはいかない。
「私がセンドーサ領に行っている間、家族の無事を約束してくれ」
「勿論、そのつもりです。あと、護衛には騎士隊長のザンクがつきますのでご安心を。では出発は明後日でお願いします」
「ふふふ、うまくいったな。センドーサ伯爵も正式な使者ともなれば結界を通さねばなるまい。結界を抜けたら、わかっているなザンク」
「ああ、今度はセンドーサ領を占領してやるよ」
「まず、伯爵邸に行こう。正教会は後だ。伯爵家の人間を人質に取られたままではまずい。ロン、伯爵邸に入ったら、結界を張ってくれ。その後、教会へ乗り込もう」
「キュイ」
「でも、伯爵邸の中にも教会の者がいるかもしれない」
「その時は拘束するまでだ。明日の未明に決行するから今晩はよく休んでおけ」
「あのう、私達に何かお手伝いできることはありますか」
女将のシエラが恐る恐る尋ねた。
「女将さんは伯爵邸の出入り口などご存じか」
「はい、この街に来たときに何度か伺ったことがございます」
「ならば図面に書き起こすことは可能か?」
「あ、それなら僕が。こう見えて絵には自信があるんだ」
「そいつは頼もしいな、ジョン、ついでに教会はどうだ?」
「うん、任せて」
そうして明日の決行に向けて準備は静かに進んで行った。