109. エルの覚醒 ②
ーーーゾルア、聖ピウス正教会
「何故だ!何が起こった!奴らの気配が跡形もなく消えるなどと。ありえぬ」
ザンクが喚いた。
「おい、司教、我らドラゴンヴァンパイアは不死身ではなかったのか?」
「いえ、ほぼ不死身と申し上げただけです」
エミリオ司教はすました顔でそう言ってのけた。
「ただ。そうですね、銀の弾丸を胸に撃ち込まれるとか、聖魔法を浴びせられるとか・・ある特定の条件で不死身ではなくなるのです。状況からみるに聖魔法の使い手がいたのでしょう」
「聖魔法の使い手か。そんな奴がこの国にいるとは思えんが」
「まあ、いたとしても極少数でしょう。数さえ揃えば恐るるに足りません」
「それよりも、かなり物資が不足してきております。センドーサ領にはいまいましい結界が張られている関係で入れません。さて、どうしたものか」
「ザカリア伯爵の孫がいるだろう。ザカリア領の窮状を訴えるという形で使節団を組んで王都へ向かわせる。センドーサ領に入り込んだら俺達がなんとかするさ」
「ほお、その手がありましたな。では、早速準備を進めましょう」
「エル、エル!」
「あ。アレク」
「どうした。ボーっとしてたぞ」
心配そうに覗き込むアレクを見ながら、エルは首を振った。
「ううん、なんでもない」
そう言いながらも、赤いペンダントを握りしめた。
「取り敢えず化け物は退治できた。あとはゾルアだな」
そこへセイガが走って来た。
「皆で祝杯を挙げるって。村長がアレク達にも来て欲しいって」
「わかった。直ぐ行く。ほらっエルも行こうぜ」
宿では解放された宿の亭主とおかみが料理を振る舞っていた。
「やっとあの化け物達から解放される」
「これから枕を高くして寝られるんだな」
「もう、あの日干しみたいにならなくていいのかと思うと」
村人が口々に安堵の言葉を吐いているところに、アレクとエルが戻った。
「アレクさん、エルさん、本当にありがとう」
村長は腰を低くして何度もお礼を言った。
「だが村長、奴らは報復にでないとも限らない。出来れば、暫く、センドーサ領に避難してはどうかと思う。センドーサの領主にはタンガから一筆書かせるが」
「お願いできますか。私達では到底あの化け物どもに対処できません」
「わかった。では村人たちはすみやかにセンドーサ領へ向かえ。護衛の騎士を付けよう。俺達は明朝早く、ゾルアに出立する」
アルクはそう言い残しタンガと相談し始めた。
残されたエルとセイガは村人達に取り囲まれていた。
「坊主、お前、すげえな。あの化け物をちりにしちまうなんて」
「感謝するぜ。あ、お前腹減ってないか?宿の亭主が美味いもんつくってるから」
「ほらほら、およしよ。この子は疲れてるんだから」おかみさんが割って入る。
「ここに座って。待ってておくれよ。腕によりを掛けた料理、持ってくるからさ」
ワイワイガヤガヤと大騒ぎの内に夜は更けていった。
騒ぎも一段落しエルは一人自室に帰ってきた。
赤いペンダントはまだ握りしめたままだ。
彼女は窓辺に寄って、赤い月を眺めた。己が何者であるか分かった気がした。
長らくお待たせしてすみません。エルがいよいよ覚醒し始めました。ゾルアは次回となりそうです。