√7 魔術という浪漫
魔力は消化吸収の副産物として生まれる。食物自体が持っていた魔力を取り込むのとは別に、この世界の生物は、物質の結合やらを分解するのが地球生物よりも得意らしく、本来は排泄物にしかならない残り滓を魔力にできるのだ。
要は、消化器官が受け付けるモノであれば、この身体は実に効率的にエネルギーに変換してくれる。
それが例え、魔術でこんがり焼いた虫でも。
見方を変えれば、これは俺が待ち望んだ食糧でもある。飛行するために魔力を使い続ける必要のある俺にとっては、魔術に回す魔力を確保するには食い物を選り好みしている場合ではないのだ。
それに。
この虫けらどもに、一方的に食われっぱなしというのも、癇に障るからな!
手に取った焼いた虫を、思い切ってバリッと齧る。
うん……なんか苦い。とにかく苦いわ。あれかな、焦げが悪いのかな?
味はともかく、食事によって魔力が回復し始めるのを感じる。木の実よりは魔力の足しになるな。
俺の身体を齧りまくっている虫を振り払うために、魔術によって一瞬の暴風を作り出す。噛み付いたままの部分が千切れて、激痛が走るが、身体が動きにくかったので仕方ない。
今の内にとばかりに、焼かれて動かない虫を口に放り込む。
苦味に苛まれつつも、魔力の回復は叶った。状況は良いとは言えないが、まともに戦う準備はできたぞ。
先程放った火の魔術は、咄嗟に作ったものなので効率が最悪だった。しかし多少余裕を取り戻した今は、もう少しスマートな一撃を与えられる。
「《真空渦》!」
やつらだって、酸素によって代謝する生物だろうからな。
この魔術は最初から最後まで、気体を操作する魔術だ。まず風により虫を一箇所に集める。後は虫がいる範囲の空気を全部抜いてやれば、五秒数える内に窒息死する。
窒息は、生物が空気に頼って生きている内は、免れない弱点だ。
自然界では、ガス的なものや真空という危険は少ないだろうから、窒息に耐えられない生物が殆どであるのは普通だ。そんなことを想定するのは、宇宙に進出する人間くらいなものだろう。
要は十分な空気を与えなければ、生物を殺せるのである。
虫も例外ではなく、三十もいたはずの群れは殆どが速やかに死に絶え、残りは魔術の範囲から漏れた五匹になっていた。
数という強みが失われてしまえば、一匹ずつ丁寧に叩き潰して終いである。
その後は噛みつかれることもなく、腕の一振りによって命を刈り取っていった……
新緑の雲のような枝葉を掲げる木々より高く、岩のような色味の仔竜が飛んでいた。
その目線は、森を超えたその先、空と地の交わる地平線を見据える。
玉虫色の目は、飛行による乾燥から保護する為に、瞬膜という器官に覆われている。爬虫類での発達が知られるその器官を、ドラゴンも持っていた。
幼くも強靭な竜は、暫くの間は直線的に飛んでいた。しかし、日が地の下に沈む頃になると、森の少し開けた部分を見つけて飛び込んでいった。
「《突風》!」
仔竜がそう一つ言うと、弱い枝ならば折れてしまいそうな突風が一陣、横殴りに木を襲う。尋常でない風は、自然に起こったものでなく、竜の持つと言われる神通力でもない。
確かな智によって編み上げられた、魔術が発動したのだ。
魔術は、魔力があれば使えるものではない。微風を起こすことですら、魔術の文字によって、魔術の文を綴らねばならぬのである。
魔術は、神話によれば上古の竜が話す言葉を人が盗み聞いたのが起源と伝承されている。
果たしてこの竜は、一体何処で魔術を知ったのだろうか?
寝床としようとしている木に、何かが潜んでいないかを確かめる為だけに智の結晶たる魔術を使った竜は、今日は良く眠れそうだと思った……
虫の大群と戦った日から、丁度二十日経った。六日目までは自力で数えていたが、魔術のプログラムを書く仮想領域がメモ帳として使えると分かったので、覚えておきたいことをひたすら書き込んだ。経過した日数もばっちり分かる。
ついでに、《魔術ライブラリ関数》というスキルによって時計代わりの魔術を用意した。このスキルは、複雑な処理をまとめて関数としたものについての知識を得られるもので、知っているのと知らないのでは、天と地の差がつくと言っていいくらいに便利だ。
二十日間も何をしていたかというと、経験値稼ぎである。
というのも、スキルツリーは思ったよりも広大で隠された部分があり、一端の魔術使いになろうと思ったら、レベリングは不可欠だからだ。
俺はこの世界に生まれてから、特に何の目的も無かった。というか、目的を設定する暇が無く、生存に全力を費やしていた。
しかし、《真空渦》や《窒素球》による窒息戦術が生物に対して凶悪に過ぎて、サバイバル生活に余裕ができていた。
そんな最中、思ったのだ。
魔術って滅茶苦茶面白い、と。
魔力という謎エネルギーは、魔術やスキルによって万能のエネルギーとして扱える。特に、魔術の自由度は殆ど何でもできるように思える。
土を動かして像を作ってみたり、上昇気流を生み出して高く飛んだりと、思いつきが実現する感覚に、俺はハマっていた。
これはもう、魔術を極めるしかないとやる気が湧き上がってきていたのである。
これからの目標は、ただただひたすらに、魔術を使い腕を磨くことだ。うん、目標があるとなんかしっくりくるな。
手始めに、電撃の魔術を作ってみようかな。