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文学少女


 若夏奈緒先輩は文学に生きている。


 先輩は地球上の誰よりも文学を愛し、その為だけに人生を送っている。

 人間の身体の大半が水分で形成されているように、先輩の人格の殆どは文学でできているといっていい。文学は先輩のすべてであり、もし文学という概念がこの世から消失すれば、彼女という存在もまた、跡形もなく霧散してしまうことだろう。


 若夏先輩は暇があれば、というか暇がなくとも、常に読書をしている。

 昼休憩や、授業の合間は勿論、授業中ですらも、四六時中、文庫本に視線を送っているのだ。学校でもそうなのだから、きっと家でも同じような調子なのだろう。

 どころか、もしかしたら寝ているときですらも、夢の中でお気に入りの文学小説を読み耽っているのかもしれない。

 

 いわんや、先輩には読書以外の趣味がない。

 友達もいない。

 色恋にも興味がないらしく、あれだけ優れた見目をしているのにもかかわらず、彼氏はいない……らしい。

 先輩にとっては、文学以外のことは至極どうでもいいことなのだろう。


 若夏先輩と私の関係性は、文芸部の先輩と後輩だ。

 若夏先輩は三年生で、私が二年生。去年の春、私が文芸部に体験入部をしに行ったのが、私と先輩との初対面だったから、なんだかんだ一年くらいの付き合いになる。

 付き合いになる、とはいってもその一年間で、私は先輩と会話をしたことはない。

 一言も、である。

 

 別に嫌悪しているからとか、興味がないから話をしないわけではなくて、理由は寧ろその正反対のことにある。

 まあ言ってしまえば、私は――芦部冬樹は、若夏先輩に恋をしているのだ。


 まったく、恋という精神状態は非常に厄介なもので、好きだから話し掛けたいのに、好きだから話し掛けることができない。

 いざ話し掛けようと先輩の顔を見ると、途端に心臓がバクバクと鼓動を打ち、出掛かった言葉がそそくさと腹の中に引きこもってしまうのだ。だから、私が出来ることといえば、せいぜい先輩が読書をしている端正な横顔を、ちらちら盗み見ることくらいだ。


 まあ結局のところ、若夏先輩と会話が出来たところで、そこから私と先輩が交際関係に発展することなんて、万に一つもあり得ないのだが。

 だってそうだろう。あんなに魅力的な女性と、私みたいに何もかもが劣った男が、はなから釣り合うはずなんてないのだから。


 そもそも、先輩は文学にしか興味がないのである。

 故に好きという感情に任せて、先輩にこの気持ちを告白するということは、おおよそ無謀であり、無意味であるといわざるを得ない。

 

 ところで恋というのは、概して、それに起因した欲求の感情をも惹起するものだ。

 好きな相手にも自分を好きになってほしいとか、相手と一つになりたいとか、そういった承認欲求やら、独占欲やらを、抱いてしまうものである。その欲求は、時として人から正常な判断能力や理性を奪い、本人をまったく非合理的な行動に駆り立てることがある。

 

 所謂、恋は盲目というやつだ。


 思うに、今朝私がしてしまった行動も、そんな現象の一種なのだろう。

 だって、私がもし正常な判断能力を有していたのならば、絶対にあんなことはしなかったはずなのだから。よもや、抑えきれなくなった恋慕の情を書き記した手紙を、先輩の下駄箱に入れることなんて確実にしなかったはずだ――。



            ×    ×    ×    ×



『若夏奈緒先輩へ』

 突然お手紙を差し上げる失礼をお許しください。やはり、先輩に直接この気持ちを伝えることは、気の小さい僕にはできませんでした。なので、この手紙で私の気持ちを伝えようと思います。

先輩のことが好きです。

こんな私でもよかったら、付き合っていただけませんか。

                               二年B組 芦部冬樹


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