第一章 異変
「虎獅ぃ~!何回起こせば良いのアンタは!!もう8時15分よ!」
母さんの怒号が飛んでいる気が……。いや、実際に飛んでいるのか。
それにしても毎度毎度変わる事の無い声量で。私の耳の鼓膜がはちきれそうですよ、お母様。
今日の朝は俺を起こすと言う使命を果たせなかった目覚まし時計を、一瞥。
いえ、お母様、今はまだ8時13分でございます。四捨五入して息子を惑わすな。
あくびを一つ、伸びをすると強張っていた骨の節々がパキパキと悲鳴をあげる。
首を傾け関節を鳴らすと、少しだけ目が覚めたような気がした。
おまけに手の関節も、毎朝の習慣として鳴らす。
それから俺は遅刻上等でのっそりとベッドから起き上がった。
遅刻は遅刻、いつ学校に行こうと変わらないから、少しでも遅れて行こうかと。
「……おはよー母さん。朝飯は~?」
落ちようとするまぶたをこすりつつ、俺はリビングへと向かった。
何かを焼いた様な、香ばしい香りに眼を細める。
「鮭!早く顔洗ってご飯食べて学校に行ってきなさい!」
「へいへい……」
母さんの言葉も軽く右から左へ受け流し、洗面所へと向かう。
顔を洗って眠気がパッチリになるのなら、徹夜で勉学に励む学生たちは毎日の様にやっているだろうな。そんな下らない事を考えつ、蛇口を捻って水を出す。
冷たい水を顔に打ち付けようと、俺の凄まじい眠気は打破出来なかった。
近くに掛けてあったタオルを手探りで引っ張って顔を乱暴に拭く。
「……ん?」
洗面所にありがちな、大きな鏡に映る影に、俺は微かな違和感を覚えた。
「……と……ら……?」
薄い青のタオルで顔をゴシゴシと吹いている、黒の毛皮に白の縞の、俺の様に細い虎の…………獣人?
この場にいるのは俺だけのはずだ。
その考えに行き着いた途端、背筋を駆け上がる異常なまでの寒気。
「う……うわっ……!!」
一歩後ろに足を引いたのは、そいつも同じで。……そいつはどう見ても、俺だ。
幻、覚?
自分の手を見つめてみるが、いつもと何ら変わる事の無い、「人の手」。
ならばあの虎は?
そう思って鏡に視線を戻した。
「……っ!!」
いる。きっと今の俺と同じ表情をした、俺と同じ体格の、黒い虎の獣人。
俺と同じ格好。額に右手を当て、苦い顔をして頬からは水を滴らせている。
「なん……で……っ!」
……どうなってんだ。
あれは……俺が昨日作成したキャラにそっくりじゃないか。
黒地に白縞、黄色の目、少し長い毛足。
服装は俺と変わらないパジャマだったが、あれは明らかに……
俺が作ったキャラクターだ。