第6話:劣等感
暗い森の中を歩くこと数分、俺は言い知れぬ不安に襲われていた。
「なぁ、お前は例の獣がいる場所は分かってんの?」
「うん? そんなの聞いてないけど? 適当に歩いてればそのうち向こうから来てくれるでしょ」
「…………お前さぁ」
あぁ、嫌な予感ってどうしてこうも当たるんだろうな。
何の迷いもなく森に入って行ったからアテでもあるのかと思ってついてきてみたらコレだよ。
「今の数十分絶対に無駄だったよな? 見かけたって人に聞くとかすれば大体の居場所くらいは分かったんじゃねーの?」
「でも見かけたって人はその獣に襲われて大けがの重体らしいよ。村長さんに存在の報告だけして今は眠ってるってさ」
「だからって他にやり方はないのか……?」
「まぁないこともないけどね」
「あるなら最初からそっちにしてくれない?」
本当になんで俺はこんな無駄に歩かされてんだ。
ぶん殴ってやろうかと思ったが、俺が勝てる相手でもないからやらないけど。
なんでも願いを叶えてくれる神のような存在がもしいたとしたら真っ先にこいつを殴れる力を欲するくらいには今俺は腹が立ってる。
「んで、その他のやり方ってのは?」
「えぇ? 面倒だからやりたくないんだけど……」
「 い い か ら 言 え ! 」
「わかったよ……」
危うく本当に手が出るところだったが、そろそろ俺が怒ると悟ったフェイが渋々話し始めた。
「僕たちがその獣をどうにかするためにここに来たのは村人に被害が出るのを防ぐためでしょ? だったらその獣が近づいてこれないように村の周辺に結界を張っちゃえばいいんだよ」
「確かにそれなら村人の安全は確保できるけど、根本的な解決にはならないだろ?」
「まぁ、森の中には例の獣が存在してるわけだからね。いくら村人たちが襲われることがないって言っても不安には感じるだろうから、直接本体をどうにかする方向で動きたいんだけど」
「一旦結界を張って村に近づけなくしてから森を探そうぜ。今俺たちがこうして村を離れてる間にもしかしたら村が襲われてるかもしれないだろ?」
「うん、まぁそうだね……」
何とかフェイを言いくるめて、俺たちは早速村に帰ることにした。
村に着くと、村長が慌てたように駆け寄ってきた。
「獣はどうなりましたか!?」
「あの広大な森を探している間に村の人たちが襲われるリスクを減らすために、先にこの村に結界を張ることになりました。結界が張れたらもう一度僕たちは森に入ります」
「そうですか……少しの間でしたが、神父さんがいなかったことでもしかしたらその獣に襲われるのではないかと村人たちが不安がっていたのでそのお心遣いはありがたいです」
俺もここで暮らし始めてそんなに経ってないけど、いつ吸血鬼が侵攻してきてもおかしくないような村なのに異様に平和だったから、いざこういうトラブルが起きたときに余計不安に感じるだろうな。
荒事に慣れてる方が少しのトラブルでは動じなくなるのは当たり前だし。
「早速結界を張るので、村長さんは結界の範囲を村の人たちに知らせてもらってもいいですか?」
「そのくらいなら任せてください! 結界の外には出ないようにきつく言っておきます!」
「命にかかわることなのでくれぐれもよろしくお願いします」
フェイはそう言うと村の中心なのであろう、俺の紹介をした広場にやってきた。
道中家の中から不安げに俺たちのことを見ている村人たちがちらほらいた。
殺されても死なない俺からすれば何をそんなに怖がる必要が、と思わなくもないけど人間はすぐ死ぬからこれだけ恐れるのも仕方ない事なのかもしれない。
理屈は分かるがその感情は理解できそうにない。
「じゃあサクッと張るね――ほいっ!」
「……え? もしかしてもう結界張れた?」
「うん? うん。何そんな信じられないみたいな目で僕のこと見てくるの」
「いやいや、普通に考えてみろって。村の大きさがわからないから何とも言えないけど、でも村一つ囲む結界だろ? そんな『ほいっ』って張れるようなものじゃねぇだろ!」
なんでこいつ「何言ってんだろう」みたいな顔してんだ。
おかしいのはこいつの方だよね? そんなポンポン結界とか張られてたら吸血鬼もここまで国が大きくなることもなかったんだよ……。
ていうか、前に見た天使は結界一つ張るのにも馬鹿みたいに長い呪文唱えてたはずなんだけど。
「僕は張れるんだよ」
「呪文はどうした」
「いや、恥ずかしいじゃん? 考えてもみてよ、街中とかで『我が名のもとに此処を守護す。外界と断絶せし結界を創り給え――』とか言ってたらヤバイ奴でしょ。だから省略」
「だから省略ってそんな簡単に……」
「意外と簡単だって。多分みんなこのくらいならできるんじゃない?」
あぁ、こいつ無自覚だわ……。
自分がどんだけ規格外なのかわかってないのか。
「黙っててもお前のためにならないからはっきり言うけど、正直ありえないレベルのことしてるからな」
「えぇ……? あ、『またなんかやっちゃいました?』ってやつ?」
「一昔前に人間の中で流行ってたやつじゃねぇか。言い方は腹立つけど、だいたいはそんな感じ」
まだ吸血鬼がここまで人間たちを支配していなかったとき、何を思ったか一人の人間が吸血鬼をぶん殴り、「あれ?またなんかやっちゃいました?」と言い放った。
そのセリフが人間のツボにはまったのか一時期は出会った人間全員がその言葉を口にするほどだった。
最初に言った人間は『先駆者』の名で人間たちには親しまれ、文学作品の題材にも扱われたほど。
ちなみにその先駆者さんは怒り狂った吸血鬼にばらばらにされたという。
あまりのうざさにその言葉を聞いた吸血鬼は発狂するものもいるとか……。
「僕はそのころを知らないから伝え聞いた話なんだけど、ほんとにそんなことした人間がいたんだね」
「お前の場合は無謀なことをってより無自覚でとんでもないことをやってることに対しての言葉でだけどな」
「と、とにかく! これでひとまずは村の人たちの安全は確保されたから、本命の獣の方を対処しに行こうか!!」
「話のそらし方下手かよ」
ただまぁ、早いうちに村人たちを安心させるためにはそっちの方がいいのも確かなんだよな……。
フェイの意識改革は全部終わってからでも遅くはないだろうしな。
またしても森の中。
今回は森の中の生命体を検知する魔法を事前にフェイが使ってるから迷うことなく目的の生物は見つかりそうだ。
最初からその魔法を使えと一悶着あったりもしたが、何とか無事に問題解決の入り口に立つことができた。
「あれかな?」
「ん?」
フェイが急に立ち止まって指をさしたほうを注視すると、そこには何か原型をとどめないほどにぐちゃぐちゃになった肉の塊を貪る二足歩行の狼のような生き物がいた。
腕が異常に発達しており、そこらに生えている木の幹ほどの太さで爪が長く鋭い。
狼というより狼人間と言った方がしっくりくる。
「なんか……気持ち悪い見た目してるね」
「アンバランスっていうか、普通の生き物って感じじゃないな」
「あれって殺しちゃってもいいのかな?」
「実際こっちは被害を被ってるわけだし良いんじゃねぇの?」
「でもほら、誰かのペットとかだったらかわいそうじゃん?」
「あんなのペットにしてたらそいつの方があぶねぇ奴だろ」
「確かに」
フェイはそう言うと、光の剣を作り出して狼の方に歩いて行った。
狼人間はフェイの足音で存在に気付いたのか、ぎろりとこっちを睨みつける。
それから二人が動いたのはほぼ同時だった。
俺が知覚できない速度でぶつかりあった二人は、見た目通りの膂力の差があったのか押し負けたのはフェイの方だった。
吹き飛ばされたフェイは木にぶつかると、その木すらへし折って飛ばされていった。
「フェイッ!!」
俺が駆けだそうとしたときのはもう狼人間はフェイに追撃していた。
フェイのことだから死にはしないだろうけど、さすがに怪我くらいはしてしまっただろうかと不安になったが、そんなものは杞憂だったようだ。
フェイは剛腕を振り下ろした狼男の腕を切り飛ばし、そのまま胴体を真っ二つにしてしまった。
「思ったより力が強くてびっくりした」
「お前の腕の何倍あったと思ってんだ、普通にぶつかったら押し負けるだろ」
「僕だって見た目のわりに力持ちだからいい勝負できるかと思ったんだけどね」
「そもそもお前最初剣の出力下げてただろ。そんな舐めプしてるからぶっ飛ばされるんだぞ」
「あれで切断できる予定だったんだけどね……思ったより頑丈だったせいで余計な労力使っちゃったよ」
こいつの実力は本当に計り知れないわ。
俺だったら初めの一撃で見切れず死んでたけど、フェイにとっては舐めプしてても勝てる相手だったってことだ。
俺にもこのくらいの力があれば――。
「さて、話によると武器を持ってる個体だとか複数対いたとか言ってたし、残りを探すために森の中見てまわろっか」
「――っと、そうだな」
「いるのか分からないけど飼い主にも会えるかもしれないしね」
「……おう」
親父のことも国のことも未練なんてないはずなのにな……。
目の前で圧倒的な力を見せつけられると少しジェラシーを抱いてしまう。
そんなこと思うなら血を飲めって話なんだけど、それは違うんだよな。
生まれてから今まで約二万年、人間との共存のために血を吸わなかったのに、たった力のためだけにその気持ちを捨てんのは違うだろ。
何なら血を吸わずに強くなる方法を探す方が早いまであるかもしれん。
「なんか考え事?」
俺がいろいろ悩んでいると、それに目ざとく気が付いたフェイがそう尋ねてくる。
一人で考えてても答えなんて出ない問題なんだから、醜い嫉妬なんてそこらへんに捨ててきて天使であるフェイに聞けば何か解決の糸口くらい見つかるかもしれない。
「ちょっとな。お前の戦いを改めて見ると、俺の無力さを嘆かざるを得ないというか……強くなるにはどうすればいいんだろうな」
「血、吸えばいいんじゃないの?」
「人間の血は吸わないって決めてんだ。人間と仲良くなるため、なんていえば聞こえはいいけど結局は俺のわがままなんだけどな」
「へぇ、他の動物だとダメなの?」
「吸血衝動みたいなのはあるから、そういうのを抑えるために鳥とかの血は吸ったりすることあるけど、それだと力が強くならないんだよな。多分人間か、亜人とかじゃないとダメなんだと思う」
「ふーん」
そもそも血とか見なきゃ吸血衝動も抑えられるレベルだからそんなに頻繁に血を飲む必要もないんだが、もし村とかでけが人とか出たら抑えられないと困るし、仕方なく鶏の血を少し吸っている。
「ならさ、僕の……吸ってみる?」
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