私の息子は転生者らしい。
剣と魔法の時代。
私は王国のそこそこの街の商家の一人娘。今は家を継ぎ、冒険者として名を馳せた旦那を持った。
地位も、名誉も、財産も申し分ない。夫との仲もすこぶる良い。
私達夫婦に唯一足りないもの。それは子供だった。
結婚して早数年。夫婦の営みもしていたが、私達には長年子供が生まれなかった。私の年齢もあって、今年生まれなかったら養子をとろう、そんな話をしていた時、その子は生まれた。
元気な男の子。
この子を取り上げた日の事を、私は今でもよく覚えている。人生で一番幸せだった。
しかし息子が七歳になろうという日。
今まで健康で生きていたこの子が、ありえないほどの高熱を出した。医師には原因不明と匙を投げられ、一週間も目を覚まさない日が続いた。
この時は本当に気が気じゃなかった。心配で頭がおかしくなりそうで、夫にもたくさん迷惑をかけた。そして、息子は目覚めた。
一週間高熱でうなされていたのが嘘のよう。
私の可愛い息子は今まで以上に元気いっぱいだった。勉強にも鍛錬にも真摯に打ち込み、引っ込み思案だった息子はまるで人が変わったように好奇心旺盛なお転婆になった。
始めは、特に気にしていなかった。
勉強や鍛錬に打ち込むのは良い事だし、私達も日頃から言っていたから、それが実を結んだのだと思った。
お転婆になったのも、男の子だし、元気なくらいが丁度いい、と重く受け止めてはいなかった。
だがある日、10歳になった息子に現場に触れさせようと貿易の指南をした。指南といっても、自分で物を買わせ、それを私に売らせる、という簡単なものだ。そこで息子は、私の知らない知識を披露した。
息子の助言で新しい貿易先も決まり、我が家はさらに潤った。夫に言えば、息子は教えている剣術も筋が良いという。家庭教師にも話を聞けば、息子はもう既に大人顔負けの知識と頭の速さだという。メイドが言うには、息子は頭の回転も速く、独創性に優れているという。
才能に恵まれた、誇らしい息子。
そのはずなのに、私の心はどこか暗くもやっとした感情が渦巻いていた。
「十中八九、転生者だろうね。君の息子」
とあるルートで出会った、友達の魔女に息子への気持ちを正直に話した。
こんな話、夫にはもちろん、どこで聞き耳をたたているかもわからない街では出来ない。
「てんせいしゃ……?」
「死後、違う世界からこの世界の人間として生まれ変わった者のことだよ。色々パターンはあるけど……君の息子はその高熱をきっかけに前世の記憶が蘇った~みたいなクチだろうね」
「それは……高熱を出した後の息子と、出す前の息子は別同じ人物なの……?」
「さー? 色々パターンあるって言ったろ? この場合は……①息子は元から今の魂で高熱がきっかけで前世の記憶が蘇った。②高熱前と後の息子は別人、元の息子の魂は眠っている。
の、どっちかだと思うよ」
衝撃で頭が真っ白になる。
やっと私たちの元に来た、可愛い息子。
でも、②の場合、それは果たして息子と呼べるのだろうか?
「何を迷って混乱しているか知らないけど、答えなんて決まっているじゃん」
「え……」
「今の息子くんが①か②かはわかんないよ。②の場合でも、数年経ったら魂が同化してしまう展開もよくあるし。
つまり、君が息子くんを息子って呼べるかどうかでしょ。
黙って家族するのも良し。話してそれでも息子と歓迎するのも良し。息子と思えなくても黙って家族ごっこするのも良し。息子とは思えないと拒絶するのも良し。
全ては君の心次第じゃん」
私の、心次第。
確かにそうだ。
息子を、息子と呼べるのか。
私達夫婦の元にきた、可愛い息子。確かに血は繋がっている。私はもう、年齢的にも子供は望めない。
息子は、きっと中身が別人だと仮定しても、いい子だ。よく私達の話を聞き、勉強も鍛錬もおろそかにせず、きっと息子が将来私の商家を継げば、今まで以上に繁栄するのだろう。誰にでも優しく、笑顔を絶やさず、お日様みたいにあったかい子。
可愛い、可愛い私の……
「きっと、あなたに話を聞く前から私の答えは決まっていたの。私はただ、あなたに事実を聞きたかっただけ。
私は、今の息子を息子として見れません」
言い切る。
魔女はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて私を見た。長い時を生きる魔女にとって、こういう展開は胸が弾むほど楽しい暇つぶしなのだろう。
「そ。で? 息子くんを殺す? それとも魔物だとでも糾弾してみる?」
「いいえ。胸の内に秘めておきます。……夫にも、このことは言いません。夫は、特に疑問に思っていないようだし……そこで、あなたに頼みがあるの」
「?」
「息子が転生者だと、私が漏らさないようにして欲しいの。いつ、どこで口が滑るかわからないわ。寝言で言ってしまうかもしれないし」
「……マジで、墓場までこの家族ごっこを演じ切るつもりなんだね」
「ええ。勿論。
私は、今の息子をどうしても別人だと……他人だと感じてしまう。私の息子は高熱を出す前の、引っ込み思案で私達夫婦のいう事も聞かない我が儘息子よ。
でも、今の子を愛していないわけじゃない。きっと、この世界に来る前も優しくて暖かい心を持った人だったのでしょうね……だから、この疑念は私一人が抱え込めばいい事。それで、誰も不幸にはならない」
魔女は大きな帽子で顔を隠す。私はらしくない事を言ったと、とうに冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
「わかった。希望通り、魔法をかけてあげよう。
息子が転生者だと、君は誰にも言えない伝えられなくなる」
「ありがとう。そういえば、魔女は魔法をかけるときに代価をとるって……」
「ふふ。今回ばかりはいいよ。君と私の仲じゃないか。いいものを見させてもらった。
ただ一つ。この魔法には副作用があって真実が見えるようになるんだ。今すぐじゃないけどね。それでも本当に魔法をかけていい?」
「真実って?」
「端的に言えば心が読めるようになる。あと~呪いにかかって犬に変身させられた王女の正体を見破れるようになる、とか? 魂の形が見えるようになるんだよね」
「あはは! 何それ。あなたでも冗談って言うのね。いいわ、かけて頂戴。むしろ心が読めるようになれば交渉の時有利だわ」
こうして、私は魔女に魔法をかけられた。
心が読めるようになる、という話だったが一向にその気配はなく、息子は15歳になった。
魔法にかけられた当初の私はそれでもやはり息子を避けてしまっていた。だが、息子に家族として愛を注ぎ注がれ、過ごしていくうちに昔感じていた薄気味悪さはなりを潜めていた。今では胸を張って自慢の息子だと言える。たとえ中身が違っても、あなたは私の愛する息子だと。
息子を抱きしめる。
息子は抱きしめられることが好きだった。今思えば、転生者とは言うけれど、魔女の話によると10代の少年少女が転生してくる展開が一番多いらしい。私も一人の母親として、この子の本当の母親以上の愛を注いでいきたい。元のこの子も、10代で死んでしまうだけでも悲しいのに、きっと初めての世界で心細かっただろうから。
「も~! 母上、僕はもう15歳なんですからね!」
「うふふ。ええ、私の可愛い天使」
まだ頭は私の胸元あたりにある、可愛い息子をのぞき込む。息子は照れたように頬を染めるが、瞬間、私は抱き寄せていた息子を思いっきり突き放した。
「うっ! は、母上!?」
「あ、あああ……」
ああ、魔女。魔女め。真実、というのはこういう事か……
信じられない、という顔をした息子を私も呆然と目にする。そこには可愛い息子の姿……ではなく、薄汚い成人男性の姿があった。でっぷりと太った腹に脂ぎってまったく整えられていない髪の毛。顔は吹き出物の塊で、着ている服は肌着のようだけれど、汚い染みがあちこちについていた。
その汚物が口を開き、愛する息子の声で母上と呼ぶ。
呼ばれるたびに、全身に鳥肌が立つ。
耐えられない、と私は書斎に駆け込んだ。この時間なら夫は書斎にいるはずだ。
話そう、夫に。
まさか、息子の中身があんな男だったなんて……無理だ、無理だ、無理だ!
そうよ、私は決めたわ。
今の息子を愛すると。でも、今までしてきた行為を考えると、気持ち悪さで頭がいっぱいになる。私はあの子と一緒に眠りもしたし、お風呂にも入ったことがあるのよ。もちろん、魔女に話を聞いたから覚悟や想像はしていたけど、こうして目の前に突き付けられると、やっぱり無理だ。
今はとにかく、夫に会いたい。
愛する夫、きっと私の話を聞いてくれる。今はただ、私のそばに愛する人が欲しい……
「あ、あなた!」
「……どうしたんだい。そんなに息を切らして」
傍にいたメイドを下がらせ、私は書斎で夫と二人きりになった。メイドに人払いを頼み、書斎に鍵をかける。私は夫の胸に飛び込んだ。夫は何も言わず、私を撫でてくれる。
「……息子のことで、話があるの」
「あの子が、どうかしたかい?」
伏せていた頭をゆっくり上げる。夫の目を見る。すると、今度は直接脳内に夫の声が響き始めた。
『家が良いだけの女が……あーあ。息子さえ生まれなければ財産だけもらって今頃は……不妊の薬も飲ませてたのになぁ……』
「えっ?」
「だから、息子がどうって」
「あ、あ、あ……」
全てが、もう全てが信じられない。
こんな事が……こんなのが真実だなんて……残酷すぎる。こんな事なら、何も知らない方が良かった。
息子を自分の息子だと信じ、真実の愛だと夫と笑いあえれば、それだけで、良かったのに……
「こんな、こんな事って……!」
私に手を伸ばしてくる夫の手を振り払って、机の上に置かれていたペーパーナイフで夫の片目に突き刺す。
「ああああああああ!? 何しやがるこのクソ女!?」
ズグズグとかき回して柔らかいところを探す。奥へ、奥へとナイフを進めていく。夫の爪が、私に食い込む。だけどそんな事気にしてられない。暴れる夫に馬乗りになり、私は奥まで突き刺したナイフを一気に引き抜き、残った目にも突き刺した。
抵抗はいつの間にかなくなり、びくびくと痙攣してはかすれた息と共に言葉にもならない喘ぎを繰り返す。
私はナイフをそのままに、血に染まった手を、過去、確かに愛した夫の頬へと添えて耳元で囁いた。
「最期にあなたの偽りのない言葉が聞けて良かった。さよなら、私の愛した人」
夫の身体をまさぐると、護身用の短剣を見つける。冒険者だった頃の名残か、夫はいつも剣か短剣を持ち歩いていたのだ。私はその短剣を手に、愛する息子の元へと足を進めた。
私は、きっと根元が悪人だったのだろう。
私は確かに夫を愛していた。その夫を殺して、今までないほど清々しい。家の中がいつもより輝いて見える。
運も私に向いているのか、自室まで誰にも見られずにたどり着く。飲み水で手を洗い、血のついたドレスを着替える。ただそれだけ、ただそれだけなのに私の心は高揚していた。最高にいい気分だわ。今だって、頬が緩んで止まらない。
一番お気に入りのドレスに着替え、丁度扉の前を通りかかったメイドに息子を呼ぶように伝える。
「母上、今参りました」
「ええ、入って頂戴」
息子はおずおずと部屋に入る。そして不審そうに私を見た。それはそうだろう。さっき取り乱して目の前から消えた母親が、今はにこにこと機嫌よく息子を自室に呼んでいる。
「ねぇ、ベッドの上へきて、一緒に眠らない? 昔はよくこうしてたじゃない」
「い、いつの話ですか母上! 俺はもう──」
「15歳、でしょ。聞き飽きたわ。なら、ベッドに腰かけてよ」
少し語気が強めになってしまった。でも、許してほしい。私の目には、汚らしい男が息子の声で喋っているように見えるのだから。
息子は観念したのかベッドに腰かける私の横へ拳一つ分開けて座った。
私は息子が座ったところを見計らって、思いっきり上半身に覆いかぶさる。
邪推かもしれないが、予想通りだ。
きっと息子の身体能力なら、私を無傷で躱す事も出来た。だが、私の胸が顔に来るように多いかぶさってやると、この薄汚い男はなんの抵抗もせずベッドへと沈んでくれた。
「ねぇ。実はね、知っているのよ。あなたが私の本当の息子じゃない事」
「な、何も言っているのか……僕はあなたの実の息子ですよ!?」
「あなたは──」
転生者、その言葉が綴られない。
口をパクパクするだけで、声が出なくなる。
ああ、そういえば。魔女にそんな魔法をかけられていた……
「一つ教えて。あなたが高熱を出した日、あなたは息子に乗り移ったの?」
「……。……」
男は、何も語らなかった。けど、私の目にはより明確に真実が見えていた。
『母上……俺が転生者だって気付いちゃってる!? どこでバレたんだ? いやいつバレたのか……まずいぞ、もし高熱を出した日に俺が息子の身体で目覚めて、息子の魂を破壊して主導権握ったってバレたら……いやそこまでわかんないか! 今は誤魔化し一択で頑張るしか……』
「少し、ホッとしている自分がいるわ。もしもあなたの中に息子の魂があったとしても、私はそれをどうするのかわからなかったから……だから、さよなら」
隠し持っていた短剣を脇腹に刺し、抵抗されるより早く真横に引き裂く。まだ息はあるが、ああ、これでもう助からない。
男は息子の声で泣き叫ぶ。次第に書斎の方向から悲鳴が聞こえた。きっと夫が見つかったのだろう。集まった警備と執事に私は取り押さえられ、メイドたちは嘔吐するもの、呆然と立ち尽くすもの、本当に、本当に、さまざまで。
ああでもすごく居心地がよかった。だって誰も、嘘をついていないんだもの。
「あははははっははっはっはっはははは!!!!」
なんだか無性におかしくなって、笑い声をあげた。こんな下品な笑い方、少し前の私なら絶対にしなかった。
そして私を取り押さえている警備か、執事か、呆然と立ち尽くすメイドか、それとも息子の最期の声か。もう定かではないけれど、誰かが確かに呟いた。
「魔女だ」
その後私は魔女らしく、広場で火あぶりにされるらしい。この街で一番の商家の主だった、ということで牢屋に入れられても拷問などむごいことはされなかった。食事もなかったことを考えると、きっと誰も私に関わりたくないのだろう。誰もいない、という静寂は居心地がよかったので私に不満はないが……ああ、いや一つだけ。
「あ~! とっても面白かった! 君の乱れっぷりったら最高だね。私の見込んだ通りだよ」
薄気味悪い笑みを浮かべてこちらを見る、正真正銘の魔女。
「全部わかってたのね」
「そ。ぜぇ~んぶね。あなたが心を読めるように、私はその人の未来が見えるってワケ」
「それで人の予知した不幸を見るのがあなたの趣味ってわけね」
「あはは。それもまぁあるけどさ、ちょっと違う。私達魔女の目的は、転生者を殺すこと。あいつらは異世界から来た、いわば異分子。あんたの息子みたいに、あいつらは自分勝手に人を蹴落としてなり替わって行くんだよ」
「嘘……じゃないのね」
あたりまえ、とでも言うように魔女はウインクで返す。
「ね。だからさ、あんたもなりなよ、魔女に」
「興味ないわ。私は天国に行って、あの子に会うの」
「あの世なんてないよ。この世界は魂が廻り廻って回転してるだけ。魂の一時保管所、みたいなところはあるけど」
「なに? だから魔女になって息子の生まれ変わりを探せ、とでも?」
「まさか! 聞いてなかったの? 君の本当の息子の魂はあの薄汚い男に破壊されたんだってば!」
ゲラゲラと牢屋に魔女の汚らしい笑い声が反響し、より私を不快にさせた。
「魔女はみんな転生者への恨みで動いてる、あとちょっと自分の趣味もあるけど……
そりゃあ、復讐なんてなんの実にもならないよ。けど、してる。完全な八つ当たりだよね、他の転生者からしたらさ。でもさ、すっごい楽しい! 世界の為、なんていう大義名分と共に転生者を殺すのは! 君は楽しくなかった?」
夫を、息子を手にかけた感触はまだ残っている。最期の表情も、叫びもよく覚えている。私は魔女の目を見た。人睨みし、おおげさに怯えた真似をする彼女へ、口角を上げてその問に答えて見せた。
「じゃあまず殺すのは、君の息子からだね。おめでとう! 魔女としての初仕事が自分の息子殺しだなんて! ああ悲劇! 最高だね!」
「生きて、いるの……?」
「ピンピン! ではないけどね。ダメだよ転生者見くびっちゃ。大抵、なんらか一つ、反則級に強い魔法を使えたりするし」
ああ、息子が生きている。
心が再び、高揚していくのがわかる。
また、またこの手であの子を……殺せるなんて!
本当に私の頭のネジは吹っ飛んでしまったと、心の中で苦笑いをする。ああでも、今までの人生で今が一番、生きているって気がしてる。
私の息子は転生者らしい。
世界の異分子、転生者。私の本当の息子の魂を破壊して乗っ取った薄汚い転生者。だから、私は息子を殺す。
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