魔法のランプ
灼熱の太陽が肌をさす。
一面砂漠に囲まれた国─ヴェラドナの王宮で一人の女がしどけなく寛いでいた。
長椅子にうつ伏せで寝そべり、衣服としては心許ない格好で足をだらんと伸ばしている。
水煙草をくゆらせるその姿は、とても退廃的だ。
見る者がいたら眉を潜めただろうが、女には関係のないことだった。
胸にも足にも深いスリットが入っており、少し動く度に肌が覗く。
褐色の肌は健康的で、艶めく黒髪は金の装飾で彩られていた。
女はヴェラドナの第一王女だった。
砂漠が広がり、水不足が数年前から深刻なこの国で国民のため足掻いてきた一人。
しかし、そうした長年の努力が無に帰そうとしている今、女は常の自分として振る舞えなくなっていた。
─発端はある国の王子の結婚。
何があったか詳しい状況は分からない。ただ失脚したのは確かだ。
彼はヴェルン国に追放されたと言ってよい。
対外的には女王の夫という立場だが、自国で王となれない男は悲惨だ。ましてや第一王子ともなれば。
まことしやかに真偽不明の噂も流れている。
彼は女神を敵に回したのだと。
(女神などと馬鹿馬鹿しい。)
女は、苛立ったように髪を掻き分けた。整えられていた装飾がずれる。
(問題は我が国ヴェラドナ。あの王子に期待していた訳ではないが、まさかの失脚。第一王子派の貴族が軒並み道連れになった…!)
女は、第一王子と取引をしていた。本当ならば、国王と面会したかったのだが弱い立場では強くも言えまい。
それほどまでにこの国は追い詰められている。
取引内容は、かの国の魔術師を派遣してもらう代わりに金を優先的に輸出するというもの。
ヴェラドナに魔術、魔法の知識はほぼ無いものと考えてよい。
だからこそ、かの国が抱える魔術師を派遣してもらうというのは大きな成果だった。
魔術で、水不足を解消できるかもしれない。
かの国は魔法技術を独占している。これはチャンスだった。
もちろん反対の声は大きかった。説得に5年。交渉に2年費やし、ようやくたどり着いたもの。
代々異端の力として忌避されてきた力。閉鎖的な国なので、彼らと交流を図る難しさはあるだろうと想定していたが…。
まさか取引自体無くなってしまうとは。
自分の甘さに腹が立つ。公的書類として効力を発揮しない偽物を掴まされて、疑わず署名してしまった。
それでも第一王子さえいれば、まだ追及することができたものを…。
今かの国の国王に訴えたところで、取り合ってくれないのは目に見えていた。
苛立つ女。
その時つと音もなく降り立った部下が彼女の耳に囁いた。
「魔法のランプ」と。
**Δ**Δ
第一王女は自分の目として働く密偵からの報告を受け、藁にもすがる思いでヴェールで顔を隠しつつその店へと赴いた。
美しい女が水晶の前に座っている。赤い唇が笑みを形作る。
「お望みは?お客様」
「魔法のランプ。」
そう言うと女の顔から笑みが消えた。奥の部屋へと案内される。
この言葉が合図なのだろう。
店は別の様相を呈し始めた。占いを扱う店から秘密の相談所へと。
目の前に美しい女が現れる。彼女はラフレシアと名乗り微笑んだ。
「それでご相談というのは?」
玲瓏な声が私に話すよう促す。
王女は、言える限りの情報を話す。もし裏切られたら始末すればいい、と王族らしく思いながら。
「わかったわ。3日待ってくださる?そしたらまたいらっしゃい。」
「信用できない。」
「ふふ…そうね。信じてくれなくてもいいけれど後がないのではなくて?」
女の言葉に何も言えなくなった。
側で控える占い師の女は、眼光鋭く睨み付けてくる。
今は信用するしかないようだ…と頷き店を出た。外は既に暗い。
王女は王宮への道を急いだ。先ほどのやり取りが夢でないと確認するために一度振り向いて。
それから三日。謎の美女が言った通りになった。
かの国の国王から親書が届いたのだ。取引をする旨が書いてある。
狐につままれたような心地になりながらも、女はあの店へと急ぐ。
そこにはもう何もなかった。
まるで泡沫の夢の如く消えてしまった。
─ああいう女を女神というのかもしれない
柄にもなく王女は思った。