もしもの世界
日差しが降り注ぎ、瑞々しい白薔薇を明るく照らし出す。
小鳥は囀ずり歌歌う。今日という日を祝福するように。
─佳き日だこと
ラフレシアは蔦に手を絡ませながら心の内で思った。
笑い駆ける子どもたちを見て、ふふと知らず微笑む。平和そのものの光景だ。
美しいもので溢れた国。
「…許せないわ。」
しかし口に出た言葉にはありありと不穏な響きが籠っていた。
これはもしもあったかもしれない物語。
別の過去のお話。
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その日ラフレシアの元に一通の手紙が届いた。
彼女に心底惚れ込み、しはしば季節の挨拶と共に情報を差し出してくれる者からだ。
穏やかな顔で読み進めていた彼女は、ピタリと止まり執事に言った。
「出かけるわ。」
かくして、心の赴くまま歩を進めたラフレシアは一人の令嬢と出会う。
澄んだ湖にかかる真っ赤な橋。その真ん中辺りで項垂れ、ただ静かに水面を見つめているまだ少女とも呼べる年頃の娘。
どこか悲しげで庇護欲を誘う姿。彼女が誰なのかラフレシアには分かっていた。
「協力してくださらない?」
突然ふわりと風が吹く。二人の女性の髪を撫でるように軽やかに過ぎ去り、心地よさだけが残る。
後に彼女は語る。
─抗いがたい運命であった、と。
出会うべくして出会った二人の女は目的を同じくして、手を取り合った。
「なぜ…。」
老獪な貴族が青ざめる。
愚鈍な王子を隠れ蓑に貴賤を問わず子供の人身売買をしていた組織の元締めの男。
数年にわたり私腹を肥やし、贅の限りを尽くした。
王子が書類に違和を感じていたら、もしくは有能な部下がいたら気づけていたこと。
またある者は涙ながらに感謝する。
「ありがとうございます…!ほんとに…何と申し上げたらいいか…。」
王子付きのメイドとして仕えていたもの。
少しばかり顔が良かったために、王子お気に入りの男爵令嬢に嫉妬されて盗人の汚名を着せられていた。
鞭打たれた肌には消えない跡が残り、泣き暮らす日々。
彼女の復讐をラフレシアはほんの少しばかり手伝っただけ。
悪意なき相手を故意に傷つけた者は、それ相応の報いを受けるべきだ。
そうでしょう?
「同士諸君!今こそ立ち上がるとき!」
王制に不満を抱きながらも、資金がなく仲間が足りず燻っていた者は声を限りに訴える。
そんな者を陰から支援する。
仲の良い貴族にはそれとなく情報を伝え、賢い者は亡命する。
国は自然瓦解する。
残ったのは、君主制を廃止せざるを得なくなった国とその民たち。
新しい指導者に導かれて、別の国に今生まれ変わろうとしている最中。
しかし、とうに、仲の良いヴェルン国女王に誘われて居を移していたラフレシアには関係のないこと。
傍らには第一王子の元婚約者、悪役令嬢と蔑まれた彼女がいたそうな。
真偽は定かではない。だが恐らく確かなことなのだろう。
王子には、ヴェルン国女王の王配として、生まれ変わり励む道もどこかにあったかもしれない。
だが彼女の逆鱗に触れたことでその道は絶たれた。
美しい花には二面性がある。毒と薬。似て非なるもの。だが実質同じもの。
どう使うか以前に、毒になるも薬になるも彼女次第。
美しく残酷な花。
世に多くの花はあれど、彼女を表す花はない。ただ美しく、気ままに彼女は移ろい咲き誇る。周囲を彩り染めながら。