悪役令嬢の手記
「つまらない女だな。少しはリリーを見習えよ。」
今日も私は罵倒される。名ばかりの立場から逃れられず、格下の身分の女にも見下されて。
愚鈍な王子の婚約者などこちらから願い下げだ。ただ立場上断ることもできない。
私はこの責め苦に耐え忍ぶしかないのだろうか。
仮にも婚約者がいるというのに他の女と身体を密着させ、他貴族達の前で堂々と振る舞う。
こんな男が次期国王だなんて…。
絶望していた私に女神は微笑んだ。
「あなたはとても魅力的だわ。」
その後の奇跡を、ラフレシア様の偉業を、私は手記に書き記したいと思う。
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ラフレシア様の助言を受けて、私はありとあらゆる社交界へと頻繁に顔を出すようになった。
今までは立場上出ざるを得ないものにだけ出席していたが、これからは違う。
もちろんそれにはちゃんとした理由がある。
─印象操作だ。
ラフレシア様は取り巻き達を使い、まずは女性中心に噂を流させた。
「皆様お聞きになりまして?わたくしもう吃驚してしまって。大きな声では言えないですけれど、殿下とあの男爵家のご令嬢、ええそうあの方よ、なんと茂みの中で…。」
こんな風に。
「…その時お髪がずれて…。」
「殿下はお疲れなのですわ。きっといつか目を覚ましてくださいます。…髪もきっとストレスですわ。」
ここですかさず物憂げに微笑みつつこう言うと、できた婚約者の出来上がり。
ラフレシア様曰く、自然な色気も出て男性の視線も集めるとのこと。一石二鳥ね。
もちろん遊んでばかりと思われてはいけないので、慈善活動も疎かにはしない。
これは元々やっていたことだし、あまり変わらないけれど。
どういうルートを辿ったのか、街中では明らかに殿下と分かる登場人物が出てくる本が出回り、子どもたちは歌を歌う。
~♪お髪が薄くなりました~キャノン王子はがつがつ腰をふる~相手の女は愛想笑い~騎士様と実は恋仲さ~♪
子供が歌うには随分ませた歌だけれど、大分流行っているみたい。
ラフレシア様の人脈はどうなっているのかしら。本当にすごいわ。
あらあら大事なところを忘れるところだった。噂の中心、男爵家のリリー嬢も大変なことになっていたの。不思議ね。
「少しお話しただけよ。」
と、ラフレシア様はおっしゃるけれど
まさか彼女が殿下の側近にまで秋波を送るようになるなんて…。
満更でもなく思ったのか、何人かと関係を持つこともできたみたいだし。楽しそうで何よりだわ。
ただ側近の者達皆に婚約者がいるし、悪戯されないといいけれど。女性は同じ目的のもと集まると怖いからね。
そしていよいよ待ちに待ったクライマックス。
この日私は、ラピスラズリを散りばめ輝きを放つ衣服に身を包んでいた。
王家の公式行事。記念すべき日だから気合いを入れているのもある。ラフレシア様がプレゼントしてくださったというだけで、この服の価値はとてつもなく高い。
うっとりと手を頬に触れつつ、美しい青を見つめているとカーンという音が鳴り響いた。
中央に視線が集まる。どうやら陛下が話されるようだ。
「皆のもの、本日は重大な発表がある。我が息子第一王子の結婚が決まった。」
殿下とリリー嬢は気まずげに互いの顔を見つめている。噂はもう二人の耳にも入っているのだろう。
夢から覚めたかのようにぎこちない二人を見て、笑みが漏れる。
まだこんなものじゃないわよ、と。
「お相手はヴェルンの女王だ。」
その瞬間の殿下の顔といったら。絵師に描かせて残したいと思ったほどよ。
真っ青になって、口を忙しなく開閉させながら陛下に問い正していたの。笑っちゃう。
もう遅いわ。
「王子の婚姻を通し、我が国とヴェルン国との結び付きは更に深まることだろう。」
一瞬、陛下がラフレシア様に目をやったのはまず間違いない。その顔は誉めてと言わんばかりだった。
あの殿下も役に立ってくれたな、なんて声が微かに聞こえる。皆同じ気持ちだろう。
勉学もせず、国のことより女に夢中。誰がこんな男に国の舵取りを任せられるというのか。
傀儡にして実権を握りたいと考えていた者もいなくはないだろうが、そうするには殿下の我が強すぎる。
めでたしめでたし。皆も納得の結末だろう。
強き者を尊ぶ、要はマッチョ好きのヴェルン国でひょろひょろの殿下はやっていけるのかしら。
女王も色狂いだと聞くし、お気の毒。精気吸いとられちゃいそうね。まあ頑張って。
そうそうあそこの国、ラピスラズリを独占しているとも言える産出国なのよね。素直に殿下に感謝できるわ。
これで美しいものがたくさん手に入る。ありがとね。
あまりにも都合が良すぎるって?いいえそんなことは全くないの。
─なぜならこの国の真の支配者はラフレシア様なのだから。
国が滅ぶも残るも彼女次第。美しい花には棘があると言うけれど、そんな生易しいものではない。
彼女に囚われたら最後、もう逃げられない。かく言う私もその一人。
─この手記は誰にも読まれることはない。
赤々と燃え上がる炎の中一瞬で姿を消した紙片を見て、悪役令嬢は薄く微笑んだ。