第7話 先輩方
目を覚ますとそこは見たことない屋根があった。優しいクラシック音楽が流れる中、光司は自分の体を見る。肩と脇腹辺りに包帯がまかれている。
となりを見るとリンゴを剥く春香がいて、その後ろにタケルがビールを飲んでいた。
「イテテ、僕怪我なんかしてたんだね。全然気付かなかった。」
「まぁ、あの状況じゃアドレナリンが出まくってたからな。そこまで気にはならなかっただろ。」
腕を見ると時計ミカヅチがしゃべっていた。なんでもアニマも人化すれば一人と数えるため、見舞いの人数がかさむからだそう。
「軽い骨折だって。スーツを着ていなければ肩は一生使えないようになって、肋骨はもっとひどく折れて内臓にダメージ行ってたらしいよ。はい、さっき先生が持ってきた。」
そう言うと春香は光司にカルテを見せた。そこはレントゲン写真があり、確かに小さなひびなどが見えた。
「タケミカヅチ、お前もアニマの中でも性能及び耐久はA級だっただろう。どうした?」
「いやいや、ロステッドは下手したらウボリアンより一撃が重いんだ。これでも吸収したんだぞ。」
タケルのベルト兼マラクの問いかけにそう答えるタケミカヅチだったが光司には不満の顔が見てとれた。
その日は病院で過ごしたが、最先端の医療技術のおかげで次の日の朝には退院していた。
「おはよう、諸君。元気かい?」
演習場に着いた第19部隊は隊長の挨拶を受けていた。今日はアニマを使った戦闘訓練のはずだったのだが....
「今日の訓練で榊、西連寺、そして藤塚は少し別の訓練を受けてもらう。スーツの展開や一通りの戦闘は昨日の一件で少しかじっていただろう?じゃあ後で説明するからちょっと待っていてくれ。」
そう言われると三人ははじの方へ行った。その間、日ノ宮隊長はスーツを皆に展開させるとおおざっぱな機能の紹介をした。
まずバイザーのような所はHUDとよばれ、つまりは戦闘状態のウィンドウといったところ。レーダーの使用、より精密なバイタルサインの確認、アニマとのインタラクトは主にこのHUDで行う。
武器は戦闘意思を見せれば自動的に展開され、あとはどう使いこなすかの問題だった。いかに使い慣れていなくても、メイン武器は必ず一定水準までは扱えないといけない。
他の隊員の指導から抜け出してきた隊長は今度は経験者三人に違った課題を与えた。
三人の前へ沢山のおもりが運ばれ、それを眺めていると隊長は訓練内容を話した。
「君たちにはこのおもりを使って走り込み、腹筋、スクワット、武器の素振などなどやってもらう。もちろん、アニマの助け無しで。じゃ、頑張って!」
そう言い残すと日ノ宮隊長はまた他の隊員の方へ行ってしまった。
山のように積まれたそのおもりを見ていてもどうにもなるはずはなく、仕方なく三人はそれぞれ自分の分を持ってトレーニングを行った。
「うわっ!重た!なんだこれ、俺たちがアカデミーの時使ってたやつの20倍はあるぞ!」
「確かに、これは重いね....ロステッドの一撃くらい重い!うぅ....これめっちゃ足にくる....」
「ホントだ、しかもこれアニマなしでやれって言うんでしょ?あっちのみんなは使いながらやってるのに、なんであたしたちだけきついのよ!」
文句を言いながらも三人は続けた。すぐに疲労が来ることはなかったが、4時間が経とうとした時にはもう足は震え、腕には力が入らず、背中は少し曲げるだけできしむように痛んだ。
「あらあら、もう体が痛んできたの?まったくもう!」
「ユーノぉ~、たずげで~!」
「いけません、隊長がやれといったものは最後まで頑張る!」
「そうですよ、春香さん。あなたならできますよ!」
「マラク....装着させてくれ....これキツすぎる....」
「甘えるな!弱音吐かずにとっとと走り込みを終わらせんか!」
「タケミカヅチ、ちょっとでいいから休ませて....もう、限....界....」
「いや、ちゃんと続けろ。変に休んだらマジで今日の訓練終わらないぞ。わかったらほら!行った行った!」
遠くでくつろいでいるアニマにも助けてもらえず、光司たちはこのスパルタ訓練を続けた。ようやく終わったのが夜の20時。隊員食堂へ行くも体力の限界で味も分からないままそれぞれの寝室へ帰っていった。
次の日、かろうじて復活した三人にはまた厳しい訓練が与えられた。
「今日はこのプールで訓練だ。この中で水泳はもちろん、走ってもらうぞ。そこに簡易的な酸素マスクがあるからそれを使用してくれ。以上!」
「「「えぇ~!」」」
水中では地上と比べ物は軽々と上がる分、腕を回すなどの自分自身を動かす動作は力をもっと入れる必要があるため、ここでも光司たちは骨を折った。
(うっ!腕が重いから素振りができない!なんなら足場も安定しないし、これは面倒だ。隊長はなんで僕たちだけにこんな訓練するんだろう?)
そう考えながら今日も血を吐くような努力をしたあと、今度は栄養剤のみですまし、また泥のように眠るのだった。
この調子の訓練のみを受けて早3カ月の月日が流れた。訓練を受けた隊員たちはアカデミーで身に着けた技術に加え、このアニマを使用した戦闘を行う、一人前のAUSFの隊員となるのだった。
「みんな、お疲れ様!ここにいる六人、心から称賛するぞ!」
この訓練に移る前にはこの第19部隊への新入隊員は十七人もいたのだが、途中で耐えられなくなり抜けていった者も多く、最終的に六人になってしまったため、この第19部隊は計十六人となる。
「それじゃあ君たちに先輩にあたる隊員たちを紹介しよう。」
そう隊長が言うと奥から何人か隊員が出てきた。皆性別、年齢、顔だち、体系は様々だが一つ、光司の目には共通点が見えた。それはその圧倒的なオーラ。そこらの人間からは感じられない気迫。
「おっかねぇ....」
いつもは強気なタケルも今度は冷や汗をかいていた。
そんな風に動揺している新人に構わず、日ノ宮隊長は紹介を始めた。
最初に名乗り出たのが久賀豊。
「ようこそ我が19部隊へ!俺の名前は久賀豊、久賀先輩でいいぞ!お前らは今日から仲間だ!よろしくな!」
満面の笑みで迎えてくれ、堅苦しくもないが決してチャラ男ではない、どこか頼れる人間性を醸し出していた。
次に前へ出たのは魂元豪騎。
「やあ新人諸君、俺は魂元豪騎だ。これから色々な事があると思うが、決して今お前ら全員が着ている隊服に恥じない働きを見せてくれることを期待するぜ。」
魂元に押されて前へ出たのが多巳多一。
「はい、こんにちは。多巳でーす。はい、どうもー。」
面倒くさそうにしている所を見るとあまり人とかかわるのが好きではないらしい。それでもなお出てきたということは、最低限の関係は保つ人間。
後ろからぴょんと出てきたのはニコニコと笑っている小宇羅心愛。
「みんなこんにちはー!小宇羅心愛っていうよ!わぁ初めて見る顔ばっかり!って当然だよね!キャハハハ!みんなよろしくねー!」
とても明るく、いい意味でも悪い意味でも何が起きても絶対笑うことをやめない人のよう。堅苦しいのが嫌いな春香にはとてもなじみやすそうという印象を与えた。
そして最後は恥ずかしそうにしている森岡桃恵。
「あ、あの!森岡桃恵です....あの、あの、よろしくお願いいたしますです!ふぇぇぇ~....」
一通りの自己紹介が終わるとまた隊長が話し始めた。
「まぁこういう奴らだ。仲良くしてくれ。他に四十万、音成、渋川と新倉っていうのがいるんだが、今は別の任務で離れていてな、また今度会わせよう。」
解散になると光司、春香、タケルの三人は一人の隊員に話しかけられた。
「やあ、君たちこれから時間ある?ちょっと飲みにでも行かないか?」
そこにいたのは久賀だった。近くで見るとよりでかく見え、光司たちは少し驚いた。
「あ、はい。じゃあ喜んで。」
そう言うと久賀の他に多巳、森岡、魂元そして小宇羅がついてきた。他の新入隊員も誘っていたようだがその気迫に耐え切れず、断ってしまっていた。
案内された店へ着くと行きつけの所らしく、店主がすぐに声を掛けた。
「よぉ、最近来ないから心配したぞ。おかげでうちの収入が減っちまったぞ!ははは!」
「よう親父さん。悪いね、仕事が長引いちゃって。取りあえず生を八つ、それとオレンジジュース一個。あと適当におつまみ頂戴。」
「あいよっ!」
久賀はそう注文すると近くに空いていたテーブルへ腰をかけ、それを習うように光司たちも座った。
何を話せばよいか分からない中、小宇羅が話し出した。
「じゃあ改めて、あたしが小宇羅心愛!心愛ちゃんって呼んでね!それでそこにいるのがゆーくん(久賀)。それからたっちゃん(多巳)。隣にいるのが豪ちゃん(魂元)で、はじっこにいるのが桃っち(森岡)ね。」
ややこしいあだ名付きで呼んでいたが、他の先輩方たちは気にせず、逆に呼ばれた時には相づち打っていた。
「僕は榊光司。よろしくお願いします。」
「あたしは西連寺春香です!どうも。」
「俺は藤塚タケルだ!」
そう名乗ると小宇羅はずいずいと寄ってまた聞いてきた。
「ふむふむ、こうちゃんに、はるっち、それとタケちゃんだね!それでそれで?みんな何歳?パパとママはなんていうの?なんでAUSFに入ってきたの?試験の時緊張した?ってうわっ!」
困っていた光司たちを助けたのが魂元だった。小宇羅の頭をポンポンと叩きながら抑止した。
「そんな質問攻めもよくねぇぜ。なぁ。まずは飲んでから話そうぜ。」
横を見ると店主が注文した物を持って来ていた。
それぞれに配られる中、小宇羅がビールを受け取ると多巳が取り上げた。
「違うだろ。お前はのはこれ。」
「へへー、わかってるって。」
そう笑いながら今度はオレンジジュースを受け取った。不思議そうに春香が尋ねると意外な答えが返ってきた。
「小宇羅先輩、お酒苦手なんですか?」
「いや、あたしまだ子供だからね!へへっ!」
「えぇ!?」
アカデミーに入るときの書類には確かに十五歳以上である必要があると明記されていたため、これは驚きの事実だった。
「こいつ、見た通り小さいけど年齢相応なんだ。」
「でもなんで?俺は確かにアカデミー入学の時に年齢制限のことを....」
「あぁ、まぁこれはな....」
すると嬉しそうにジュースを飲む小宇羅の横で久賀が話した。
この第19部隊に光司たち含め六人が入隊する何年か前の話....