第6話 刀の重み
その突然の状況に誰もが驚いていた。
共鳴の資質がない者がナノマテリアルを無理やり同期しようとした成れの果ての怪物、ロステッド。
そのロステッドが今、光司を踏みつけている。
「おい!タケミカヅチ!自分から言っておいて何あっさり捕まってんだ!」
「しょうがないだろう!こんなに速いとは思わなかったんだ!」
マラクとタケミカヅチの会話の間にも光司は尋常ではない重みで背中から押しつぶされそうになっていた。
(うそだろ、スーツ越しでもこんなに痛いのかよ。生身だとこりゃ死んでたぞ。)
限界が来ようとした時、何か金属音がした拍子にロステッドが背中から落ちた。
見上げるとタケルが拳を突き出していた。
「おい、光司!大丈夫か?!」
「なんとか。スーツを着ていなかったらあれは一発だったよ。」
「そんなにやばいのかよ....」
そこで三人は構えた。ここで倒せるかは分からないが、ただ逃げ回るだけでは被害が広がるだけと悟ると光司は言った。
「なぁ、タケミカヅチ。あれ、倒せる?」
「まぁな。油断しない限り倒せる可能性は大いにある。」
それを確認すると今度は後ろの二人に聞く。
「ここで逃げれば被害が広がるだけだ!あいつは他にも攻撃する相手はたくさんいた中であえて僕たちに向かってきた。つまり逃げればその攻撃を一緒に連れまわす事と同じだ!」
「じゃあどうすればいいの!?」
不安そうな春香に光司は言った。
「ここで倒す....とまでは無理かもしれないけどここにとどめておくことはできると思う。それを確実にするには二人の力も必要になる。どうかな?」
それを聞くと春香はすぐにうなずき、目の前にいるロステッドを真っ直ぐととらえた。タケルも同意し、もう一度かかるために腕を構えた。
それを見るとアニマたちも決心がついた。
「オーケー、じゃあ頑張って行くわよ、春香ちゃん。」
「それじゃあお前のお手並み拝見といくぞ、タケル!我の力、存分に使ってみろ!」
「君たちの決意はよーくわかった!ならばこのタケミカヅチ、とことんついていくぜ!」
しばらく低い体勢を保ちながらこちらを睨んでいたロステッドは今度は腕らしきものを変形させていた。すると一瞬にして何やら鋭利な刃物に似た形状になっていた。
「ウガァアァ!」
また咆えるとそのままこちらへ突進してくると先に手を出したのは春香だった。その手には双剣らしきものがあり、それで攻撃を防いでいた。
「うっ!なにこれ、めっちゃ重いんですけど!」
「ナイス春香ちゃん!」
するとすかさずタケルが一発パンチを打った。そのガントレットがから放たれた一撃で、先ほどではないが、ロステッドはまた後ろへよろめいた。
「とりゃぁ!」
追い打ちを掛けようとした光司は腰から刀を抜き、精一杯の力で首の辺りを狙った。
それと同時に光司の腹部に重い一撃が撃たれた。
「あいてっ!くそ~、取り損ねた!」
蹴りを入れた後、ロステッドの腕はまたもや形が変わっていった。今度は見たことのない形になったかと思うとそこからエネルギー弾が放たれた。
「ぶっね!なんだあいつ、近接戦じゃないのかよ!」
弾がかすったタケルがキレ気味に聞く。
この短時間で三人の武器を理解し、攻撃範囲外からの攻撃に切り替えたということだ。
「うそでしょ、これじゃあ攻撃しに行くまであれで風穴あいちゃうよ!」
「いや、武器が変わったのは逆にいいんじゃないです?」
春香の動揺を慰めるようにユーノが言った。
「近接武器をやめたということは間合いに入ればこちらが有利ということ。こちらは三人なのだから誰かが攻撃を自分に向けさせれば勝機は十二分にあります!」
「おぉ、それいいな!光司それで行けるか?」
「うん!その線で行こう!」
作戦が決まると光司が攻撃の引き付け役となり、タケルと春香が敵の懐に入ることになった。
三人がばらけたその時、ロステッドはすぐさま武器をさっきの刃物に変え、他の二人を無視して光司に真っ先に飛びかかった。
「えっ?」
「なんだ?!」
驚くタケルと春香には目もくれず、ロステッドはまたもや光司へ向かっていった。
間一髪のところで刀で受けたものの、そのまま数メートル後ろへ押された光司の手首には痛みが走った。
「なんだぁ?!光司、こいつお前をピンポイントでたたきに来ているぞ!なんか知り合いなのか?」
「知らないよ!でも今はそんなことよりもうちょっと手を貸してくれないかな?!」
余裕に冗談を言い放つタケミカヅチとは対照的に光司は全身の力を振り絞りながら皮肉で返した。
その光景を呆然と見ているわけにもいかず、タケルと春香は助けに行こうとしたが今度は光司に止められた。
「作戦変更!こいつは僕に用があるみたいなんだ。君たちは早く助けを!ここは食い止める!だから早く!」
「でもお前が三人がかりじゃないといけないっていったじゃんか!」
納得の行かないタケルを春香が抑える。
「タケルくん、光司君の言う通りにしよう。三人でも勝てないんだから早くもっと強い人を呼ばないと。連絡機能もあいつのせいか分からないけど動いてないし。こうしている内も光司君は戦っているんだよ。早くいかないと....」
「でもよ....!」
「わかってる、でも光司君ならできるよ!あたしにはわかる!」
「....」
まだ心配そうに来ようとしているタケルを見た光司はただ一つの動作をした。
グーサイン。
それでタケルの決心がついた。
(死ぬなよ....)
そう心の中で言い放つと春香と一緒に走っていった。
それを見た光司は今度こそ真剣に刀を構えた。入隊試験の前に入るアカデミーでは一通りの武器の訓練を受けたので刀を扱うことはできたがこれは人間相手に戦うとはわけが違う。
「さてと、じゃあやりますか。」
気合いを入れなおすと同時に戦いが続いた。ロステッドはいつの間にか両腕を武器化しており、それを捌くことに集中力の全てを注いでしまったのでもちろん反撃などする暇もなかった。
そんなところへ太刀筋を持っていくものなら容赦なく相手の攻撃が身体めがけて飛んでくる。距離を取ろうものならまた武器を銃へ変形させて打つか驚異的なスピードで詰めてくる。
「光司!これじゃラチが空かない!今からHUDに映すルートに合わせて走ってくれ!刀はを振るタイミングは....任せる!」
「はい~?そんなこと言ったって離れてもすぐに寄ってくるんだけど?」
「良いから!はよ!走る!」
「あーもう、どうとでもなれ!」
このまま続けても勝機を見いだせなかった光司はどうしようもないまま、映されたルートに合わせて足を走らせた。
スーツの筋力増強サポーターのおかげで訓練で鍛えた足以上に走っているのも気付かないほど、全身の神経を移動に注ぎ込んでいたおかげで目的の場所には数秒で着いた。
「なるほど、そういうことか。」
何かを見つけると、ロステッドを引き付けまま光司は目の前にあったワイヤーめがけて刀を振った。
「うおりゃ!」
すると凄まじい音を立てながら大きな金属片がロステッドを地面へ押さえつけた。実はここは先ほど崩れた施設の一角で、瓦礫の一部が電線に引っかかったままになっていたのだ。そこを切ればもちろん引っかかっている瓦礫は落ちてくる。この方法を計算したうえでのタケミカヅチの指示だった。
「さて、これでしばらくは暴れないだろう。」
「あー疲れた。ほんと、最後の最後で何をしたいのかがわかったよ。」
「へへっ、我ながら完璧なプランだったな!」
ほこりが落ち着くと光司はそのままロステッドのところへ近づいた。そこには驚くべき光景があった。
「これって、大富?!」
そこにいたのはほかでもないあの大富隊員だった。瓦礫の下敷きになって伸びていたのを見ると違和感を覚える物があった。
それは大富から流れていた血だった。普通の人間とは違い、青く濁った色をしていた。
「あぁ、こいつもう終わったぞ。」
それを見たタケミカヅチは呆れた声で言った。
「どういうこと?まぁたしかに、こんな騒ぎを起こしたからお咎めなしってわけにもいかないだろうけど....」
「いや、それ以前の問題だ。こいつ、人をやめている。」
光司が聞くとタケミカヅチは説明した。
何十年か前、とある民間薬品会社が軍事的用途に戦闘力の倍増をする薬品を開発した。その薬品を服用した者のパフォーマンスは恐ろしいほど向上したが、ある欠陥が見つかり、日の光を見ずに封印されたという。その欠陥というのは服用の際に起こる副作用だった。
「この薬を使うとな、体が使う酸素の量が取り込む量より大幅に多くなって、結果そいつの脳はパーになっちまうんだ。だから使ったやつらは決まって血が青くなるんだ。その副作用のおかげで付いた名前がノーブル・デッドマン・ドラッグ、通称NDD。多分そのスキをナノマテリアルに突かれたんだろうな。」
「うわ、おっそろし!えっじゃあこいつ、早く病院にでも連れいかないといけないんじゃないか?!」
慌てて瓦礫をどかそうとする光司を人型に戻ってタケミカヅチが止める。
「やめとけ。ほらあれ。」
そういって指さされた先には何やらうごめくものがあった。
「ナノマテリアル....」
「あぁ、ここであいつを助ければまたあれが体を乗っ取ってせっかくおとなしくさせたのが水の泡になっちまう。それにこの薬の服用者は気を失うと1分で死に至る。元々足りていなかった酸素が全く入らない状態になれば当然のことだ。」
「マジか....なんでこいつこんな物使ったんだろう?」
実はアニマの同期にはもう一つの方法があり、力ずくでそうすることもできるが、しかしそれは人ならざる力を必要とする。
「それで....」
「あぁ、多分金持ちの裏ルートで手に入れたんだろうな。」
しばらくすると事後処理班や隊長がやって来て、大富の遺体を運んでいった。
タケルと春香は少々涙目で光司に駆け寄り、無事を喜んでいた。
光司はまだ本物の実戦の手ごたえをその日のうちはずっと忘れられず、その刀は今まで持ってきた中でも特に重く感じた。