097 幼女も頑張る本音と建て前
「ママー!」
ルピナスちゃんが勢いよく、ルピナスちゃんのママに飛びつく。
すると、ルピナスちゃんのママが優しく頭を撫でながら、私に目を合わせた。
「ごめんねジャスミンちゃん。でもね、その言葉の先は、言わないであげてほしいのよ」
ルピナスちゃんのママが、私の頬をそっと撫でる。
そして、周りに聞こえないくらいに静かな声で、私に話しかける。
「お母さんとお父さんは、あなたを守ってくれているのよ」
「え?」
私は驚いて、ルピナスちゃんのママを見上げる。
ルピナスちゃんのママは、とても悲しそうな顔をしていた。
「村の一部の大人達が、ジャスミンちゃんを魔族に差し出そうと提案したの」
いつの間にか盗み聞きをしていたトンちゃんが、納得したように耳元で囁く。
「どうりでッスね。さっきご主人のご両親が、ご主人を逃がそうとした時に、ご両親を睨んだ奴が何人かいたッスよ」
そうだったんだ。
だからさっき、パパとママの態度が、急に変わっちゃったんだね。
私はなんだか悲しくなり、目に涙が溢れてくるのを感じた。
「最初は、反対する人も多かったのよ?」
ルピナスちゃんのママはそう言うと、溢れた私の涙を優しく手で拭ってくれた。
「でも、この状況だもの。あなたを差し出して、元の体に戻してもらう流れになってしまったわ」
仕方がないかもしれない。
私だって同じ立場なら、同じ事をするかもしれない。
「だけど、あなたのお母さんとお父さんが、最後まで反対し続けたの」
ルピナスちゃんのママがしゃがんで、私に目線を合わせて優しく微笑む。
「それで、ビリアちゃんが皆に、あなたが魔族を凌ぐほどの魔法を使える事を話したの」
「ビリアお姉さまが?」
「ええ。そうよ。差し出すのではなく、協力をしてもらおうって」
私はブーゲンビリアお姉さんを見る。
すると、ブーゲンビリアお姉さんは少し気まずそうな顔をした。
「だけど、それが逆に、村の誰かを暴走させてしまったわ」
「え?」
ルピナスちゃんのママが、真剣な面持ちになる。
「いつの間にか、あなたの服や下着が、全て消えてしまっていたのよ」
うん?
「きっと、誰かの脅しだと、私達は気がついたわ」
えーと、私のお洋服と下着が消えて、あれ?
「このままだと、もっと大事な物が無くなる。いいえ。最悪、ジャスミンちゃんに何かよくない事が起きるかもしれないと、あなたのお母さんとお父さんが気がついたの」
勘違いです。
「だからと言って、誰が犯人かもわからないのに、村の誰かを疑い続けても何も解決にはならないでしょう?」
あ。
はい。
「だから、早めにジャスミンちゃんに、話をしようという事になったの」
私はパパとママを見た。
よく見たら、もの凄く辛そうな顔をしていた。
ごめんなさい。
それの犯人、リリィなの。
私はさっきとは違って、申し訳なさ過ぎて涙が出てきた。
すると、リリィが呆れたような顔をして、口を開いた。
「小母様も小父様も、本当にジャスミンのご両親って感じよね。気持ちを伝えるのが、ジャスミンと一緒で下手なのよ。最初から、理由を話せば良かったのに。本当、不器用よね」
リリィの言葉を聞いて、パパとママが私に優しく微笑む。
「ごめんな。本当に、本当に頼りが無いパパで」
「ごめんね。あなたを傷つけるつもりは無かったのよ」
「う、うん」
むしろ私の方こそ、ごめんなさい。
リリィが原因で、凄く心配させちゃって。
って、あれ?
「今の全部、聞こえていたの?」
私の疑問に、リリィが答える。
「もちろんよ。今は全員、耳がいい猫なのよ。全部聞こえていたわ」
「あらやだわ。私ったら」
ルピナスちゃんのママが、口に手を当てて驚く。
「ええぇーっ!?」
私が驚いてリリィを見ると、リリィがウインクをした。
ねえ、リリィ?
聞こえてたんだよね?
今の、思いっきり聞いてたんだよね!?
だったら、わかるでしょう!?
これ、この騒動。
全部リリィが、私のお洋服とパンツを、ケット=シーちゃんに盗ませたのが原因なんだよ!?
私はリリィに目で訴える。
しかし、何故かリリィの周りにいた村の皆が、気まずそうに目を逸らした。
違うから!
皆じゃないよ!
て言うか、リリィ?
気がついて?
本当にお願い。
雰囲気的に、私から言い辛いの。
凄く重い空気が、いっぱい流れてるんだよ?
しかし、私の願いも空しく、リリィは全く気が付く様子がない。
うーん……よし!
この事は忘れて、気持ちを切り替えていくべきだよね?
今からの事を考えよう。
パパとママの気持ちが嬉しかったのは、本当なんだもん!
だから、その想いに応える事だけを考えよう!
「みん――」
手始めに、雰囲気を明るくしようと、私が皆に声をかけようとしたその時だった。
私の声を遮って、リリィが突然大声を上げた。
「段々と腹が立ってきたわ! 冗談じゃないわよ!」
「り、リリィ!?」
「何でジャスミンを犠牲にして、助かろうとしてるのよ! それでも大人なの!?」
り、リリィ。
私の為に怒ってくれるんだね。
それは嬉しい。
嬉しいよ。
でも、最初はともかく、リリィの行動が原因で皆の恐怖を煽ったんだよ?
だけど、これは私の口から言いたくないし、何かそれっぽい言葉は……。
「私、別になんとも思ってないよ。だから落ち着いて?」
よし。
それっぽい。
流石私、偉い!
「いいえジャスミン! 落ち着けるわけがないじゃない!」
本当に落ち着いて?
言っちゃうよ?
私、犯人はリリィだって言っちゃうよ?
「いいわ! 大人なんか頼れないもの! 私がどうにかしてあげるわ!」
どうにかって、リリィは猫ちゃんなんだよ?
「どうにかって、犯人はリリ――」
私が、ついうっかり本音と建前を入れ替えてしまいそうになったその時、リリィに変化が起こる。
「って、えぇえーっ!?」
私だけじゃない。
ここにいる全員が、驚きの声を上げた。
そして、リリィは拳を上げて、大声で叫ぶ。
「待ってなさいよ! ベルゼビュートォーッ!」
なんと、リリィは元の姿に戻ったのだ。
う、嘘でしょ?
だって、ねえ?
本当にどうなってるの?
聞いていた話と違うよ?
リリィってば、チートすぎない?
「リリィ、どうやって人間の姿に戻ったの!?」
「どうやって? そんなの決まってるじゃない!」
「え?」
「人間、やろうと思えば、何だって出来るのよ!」
「出来ないよ!」
やろうと思えば、何だって出来るって言っても、限度があるよ!
「行くわよ。ジャスミン。ベルゼビュートとか言う魔族をぶっ殺すわよ」
また物騒な事言ってるし。
ううん。
今はそんな事どうでも良いよ。
って、あれ?
ちょっと待ってリリィ!?
「流石ハニーッス! ナイス全裸ッス!」
「あら?」
リリィは元の姿に戻ったと同時に、全裸になっていたのだ。
「ま。問題ないでしょ。そんな事より、先を急ぎましょ!」
「問題大ありだよ! 先を急ぐ前に、お洋服着ないとだよ!」
「大丈夫よ。減るものでもないでしょう?」
「減るとかそう言う問題じゃって、あれ? お風呂屋さんでは、男湯入るのに、恥ずかしがっていなかったっけ?」
「違うわよ。男の裸を見るのが嫌なだけよ」
そっちなの?
そっちなのリリィ?
あ。でもそうだよ!
私、思い出した。
たしか、ニクスちゃんと初めて会った時もそうだったよね?
リリィってば、ニクスちゃんのパパがいる前で、平気で全裸だったよ!
すると、そこに2匹の猫ちゃんがやって来る。
「リリィ! はしたないぞ!」
「そうよリリィ。あなたは女の子なのよ」
その声は、リリィのパパとママ!
良かった。
いくらリリィでも、自分のパパとママの言う事は――
「服はともかく、パンツ位は穿きなさい」
「それに、ブラもつけないとダメよ? まだそこまで大きくなってはいないけど、そのまま走ったら痛いのだから」
いや、うん。
そうだけど、そうじゃないよ!
たしかに、そっちも大事だけど、もっと他に言う事あるよ!
と言うか、服はともかくじゃないよ!
お洋服も大事だよ!
「でも、ブラもパンツも今は持ってないわ」
「なら仕方がないな」
「そうね。無いなら仕方がないわ」
仕方がなくないよ!
諦めないで!?
もうあれだよ!
この親にして、この子ありだよ!
私は、なんだかドッと疲れが出て、ため息を一つする。
そして、物陰に移動すると、隠れてパンツを脱いだ。
うう。
本当はこんな事したくないけど、仕方がないよね。
私は自分にそう言い聞かせると、リリィの所まで行き、脱ぎたてのパンツを差し出した。
「リリィ。私のだけど、今はこれしかないから……。使って?」
「な、なんですって!?」
リリィは驚き、私のパンツを受け取ると、恥ずかしげもなくその場で穿く。
リリィ。
色んな意味で凄いよ。
そして、リリィは鼻血を出して爽やかに微笑んだ。
「うふふ。ジャスミンの温もりを感じるわ」
もぉ。
うふふじゃないよ。
恥ずかしいから、余計な事言わないで?
「まさかジャスミンから、脱ぎたてのパンツを貰える日が来るなんて、夢にも思わなかったわ」
うん。
そうだね。
私も盗まれる事はあっても、自分から差し出すなんて、夢にも思わなかったよ。
「嬉しい! ありがとうジャスミン。もう、負ける気がしないわ!」
何言ってるのよリリィ。
随分前から、リリィに勝てる人なんていないよ?
って言うか、もの凄く良い笑顔してるね?
私が今まで見て来たリリィの笑顔の中でも、一番良い笑顔だよ。
とりあえず、その鼻血拭こう?
「羨ましいなのよ!」
「あれ? もしかしてご主人、今パンツ穿いてないッスか? ぷぷぷ。そういうプレイが好きだったんスね」
「違うよ!」
「ジャスミン。ママ、知らなかったわ。あなたが――」
「だから違うってば!」
もぉ!
リリィのせいで、私まで変態扱いだよ!
村の皆も状況についていけなくて、呆気にとられてるよ。
ルピナスちゃんは……笑ってる!?
ルピナスちゃんのママも笑ってる!?
似た者親子だよ!
うう。
なんだか恥ずかしくなってきた。
お股スースーするし、恥ずかしいし、もうやだ。
お家帰りたい。




