094 幼女のパンツは開始の合図
私達の前に姿を現したケット=シーが、フシャーッと私達を威嚇する。
そして、ケット=シーの立つ地面に魔法陣が現れた。
「伏せ」
ケット=シーの一言で、スミレちゃんとたっくんが地面に伏せてしまった。
「呪いの効果か!? これじゃ戦えないぞ!」
「幼女先輩! ケット=シーに猫にされた人は、ケット=シーに逆らえないなのですよ!」
「めんどくさい能力ッスねー」
うーん。
猫ちゃんのままじゃ、どちらにしても、何も出来ないと思うんだけど……って、戦うの!?
でも、そうだよね。
戦う事になっちゃうよね?
ううん。
ケット=シーだって猫ちゃんだもん。
傷つけたくない。
戦うなんて出来ないよ!
ここは穏便に、話し合いが良いと思うんだよね。
「ケット=シーちゃん。皆を元の姿に戻して?」
「お断りよ」
ケット=シーの生んだ魔法陣から、複数の鋭い形をした土石が飛び出して、私達目掛けて飛んでくる。
「ラテを相手に、土の魔法を使うなんて馬鹿です?」
私の頭上にいるラテちゃんが、あくびを一つする。
そして、人差し指をクルンと回した。
すると、私達に向かってくる土石が、サラサラと全て砂に変わっていった。
「ならっ」
ケット=シーが、今度は私達に向かって勢いよく向かってくる。
そして、鋭い爪を出して、勢いよく私に襲い掛かって来た。
あまりにも速いその流れに、私は体がついていけない。
「きゃっ」
ケット=シーの爪で、私が切り裂かれそうになったその時、ケット=シーの動きが止まる。
「え?」
見ると、ケット=シーの首根っこをルピナスちゃんが銜えていた。
「る、ルピナスちゃん!?」
私が驚いていると、ルピナスちゃんはニコッと笑って、ケット=シーをそのまま両手で捕まえる。
そしてルピナスちゃんは、自分の顔の目の前にケット=シーを持ち上げた。
「ジャスミンお姉ちゃんをいじめたら、めっだよ」
やーん。
可愛い。ルピナスちゃん。
って、そうだけどそうじゃなかった。
「ありがとー。凄いよルピナスちゃん。ケット=シーちゃんのスピードに、よくついていけたね」
私はそう言って、ルピナスちゃんの頭をなでなでする。
「うん」
ルピナスちゃんは私に頭を撫でられて、気持ちが良さそうに顔をほころばせる。
「これだから獣人は厄介なんだ! 離せー!」
ケット=シーは暴れるが、ルピナスちゃんにしっかり捕まれて身動きがとれないようだ。
「けもっ子は足が速いッスねー。獣人の中でも、その歳でその足の速さは、トップクラスじゃないッスか?」
「うーん。わかんない」
「この村には、けもっ子のとこ以外の獣人はいないみたいッスし、比べる相手がいなければそれもそうッスよね~」
「ジャス。ラテはまた寝るです」
「え? あ。うん。おやすみ。ラテちゃん」
って、はや!
もう寝ちゃったよ。
それにしても、ラテちゃんの眠ってる姿が見えないのが悩ましい。
私もラテちゃんの寝顔みたいよ!
などと考えていると、いつの間にか伏せから解放されたようで、たっくんが私達に近づいてきた。
「何とかなったみたいだな。先を急ごう」
「うん。早くリリィを助けなきゃだよね」
あ。
そうだ。
「ねえ。ケット=シーちゃん。この奥にいるのは、リリィだけなの?」
私が歩きながらそう質問すると、ケット=シーちゃんが一瞬驚いた顔をして、私を睨みつけた。
「何でその事を? ベルゼビュート様の言った通り、あの娘といい、本当に厄介な連中ね。こんな事なら最初の段階で、中心人物であるあなたを、別の方法で消せば良かったわ」
うう。
なんだか物騒な事言ってるよ。
魔族関係の人達は、なんで皆揃って怖い事言うんだろう?
皆もっと、平和的に話し合えばいいのになぁ。
ところで、あの娘って誰だろう?
「幼女先輩。リリィが近いなのです!」
「え? ……あ」
スミレちゃんの声を聞いて、私もリリィの声に気がついた。
微かにだけど、リリィの声が聞こえてきたのだ。
「リリィ!」
私はリリィの名前を呼んで走り出す。
そして、ニャーニャーと騒ぐ、リリィの声が聞こえる部屋の扉の前に辿り着く。
私はすぐに扉を開けて、部屋の中に足を踏み入れて驚いた。
「え? あれ? り、リリィ……だよね?」
「ジャスミン!? ジャスミン無事だったのね! 良かったわ。心配していたのよ?」
「う、うん。ありがとー。リリィも……うん。無事で良かったよ」
リリィは、たしかに猫ちゃんにされていた。
その猫ちゃんの姿は可愛くて、とてもモフモフとしたくなる可愛さだった。
だけど、私が見た光景が物語る。
ケット=シー達が、いかにリリィに振り回されていたのかを。
そしてそれが、私の中にあったリリィへの会えた事への喜びなどの気持ちを、全てどん底に落っことす。
あの娘の意味が、すぐにわかってしまったのだ。
部屋の中には、私の部屋のタンスにしまってあるはずのお洋服や下着がばら撒かれていて、それを疲れ果てた顔をしたケット=シー達が綺麗に折りたたんでいる。
そして、部屋の隅っこに転がるケット=シーの山。
その山のケット=シー達は、みんな疲れ果てたように、死んだ魚の目をしていた。
こ、これは、もうケット=シーに同情しかないよ。
リリィ何やってたの?
と言うか、聞きたくないけど聞かないとダメな気がする。
勇気を出せ私!
まずは、この部屋に散らばる私のお洋服についてだよ!
「ね、ねえ? リリィ。なんで、私のお洋服が散らばっているの?」
私が訊ねると、リリィはニャーンと可愛い顔して笑う。
「退屈だったから、ジャスミンのお洋服を、ケット=シー達に持って来てもらったのよ」
退屈だったからお洋服を持って来てもらった?
どうしよう?
意味がわからないよ。
「流石ハニーッス。転んでもただでは起きないッス。そこにしびれるあこが――もが」
私はトンちゃんの口を、急いで手で塞ぐ。
「ねえリリィ? 百歩譲って私のお洋服を取って来させたとして、なんでパンツまであるの?」
「やだわジャスミン。ジャスミンのパンツが無ければ、ナニも始まらないじゃない」
待って?
待ってリリィ?
なんで、そんなに顔を赤らめるの?
だいたい、ナニも始まらないって何?
なんだか言い方に含みがあるのは、私の気のせいかな?
と言うか、9歳の女の子が変な事言わないで?
私はケット=シーより、よっぽど質の悪い親友の行動に、ドッと疲れが出るのを感じた。
私、私のお洋服がさっき飛んできた理由、わかったような気がするよ。
なんて言うか、うん。
ケット=シーちゃん、リリィがごめんね。




