093 幼女のパンツは危ない
私達の住む村トランスファ。
この村は今、猫ちゃん達でごった返している。
人の姿は無く、まるで猫ちゃん達の楽園のようになっていた。
と言っても、村にいる猫ちゃんの殆どが、猫ちゃんにされてしまった村人なのだけども。
そして、私達は念の為、隠れながら村の中を探索していた。
目的はケット=シー。
ただ、猫ちゃんとケット=シーの区別が出来ない問題があった。
たっくんの話によると、ケット=シーはベルゼビュートが前世で飼っていた猫ちゃんが、転生して生まれた魔族なのだそうだ。
おかげで、行動パターンも見た目も猫ちゃんそのもので、見分けがつかない。
そんなわけで、先にこっちが見つからないように、私達は隠れながらケット=シーを捜していた。
「スミレちゃん。やっぱり猫ちゃんになったら、リリィの居場所を匂いで見つけるなんて、出来ないんだよね?」
「はいなのです。今の姿では、何も出来ないなのですよ」
「猫なら十分嗅覚が人間より優れてはいるけど、スミレさんの元々の嗅覚には負けるしな」
「そっかぁ」
リリィが捕まったみたいだから、リリィを見つける事が近道だと思ったんだけど……。
「困ったッスねー。ボクもケット=シーに姿を見られているッスから、あまり表立って行動は出来ないッスし」
「ラテールが起きてくれさえすれば、何とかなるかもなんだが……」
たっくんはそう言って、私の頭の上で眠るラテちゃんを見る。
「本当に起きないよね。ラテちゃん」
「ラテは精霊一のぐうたらッスからね~」
トンちゃんがラテちゃんの頭の上に乗る。
すると、ラテちゃんの周囲に魔法陣が生成されて、トンちゃん目掛けて針の形をした小さな石が、魔法陣から幾つも飛び出した。
トンちゃんはそれを軽やかに避けると、ラテちゃんを呆れた顔をしてみる。
やっぱり、無難にベルゼビュートが引っ越して来たっていう、お家に行くのが良いのかな?
でも私、そのお家が何処なのか知らないし……。
「ジャスミンお姉ちゃん。リリィお姉ちゃんなら、きっと向こうにいるよ」
ルピナスちゃんがそう言って、ある方角に指をさす。
「え? わかるの? ルピナスちゃん」
「うん。リリィお姉ちゃんの声が、たまに聞こえるの」
凄いよ!
凄いよルピナスちゃん!
「流石けもっ子ッスね。人より、五感が優れている種族なだけあるッス」
「前から思っていたんだけど、そんなに違うものなんだ?」
「そうッスね。何の獣人かにもよるッスけど」
「とにかく先を急ごう。おそらくリリィが捕えられている場所に、ベルゼビュートかケット=シー、もしくは両方いる可能性がある」
「うん」
◇
「うん?」
「ご主人どうしたッスか?」
「え? うん。なんだか、誰かに見られていたような気がしたの」
私がそう答えると、トンちゃんは周囲をキョロキョロと見まわした。
「ボク達以外には、誰もいないッスよ?」
「そうだよね。……ここ、猫ちゃんの石像がいっぱいあるから、勘違いしちゃったのかな?」
私達は今、ベルゼビュートが引っ越してきた、お家の地下にいる。
不思議な事に、ベルゼビュートのお家は、誰の姿も無く簡単に侵入が出来た。
それから、ルピナスちゃんの耳を頼りに、地下へ続く階段を発見する。
リリィの声が、地下の奥から聞こえるようなので、私達は地下に潜ったのだ。
そんなわけで、ベルゼビュートのお家の場所がわからなかったから、ルピナスちゃん様様である。
うーん。
猫ちゃんの石像、可愛いんだけど、可愛いんだけどなぁ。
私は猫ちゃんの石像を、上から下へ確認するように見る。
こんなにいっぱい猫ちゃんの石像が並ぶと、本物じゃないから少し不気味かも。
それに、なんだかさっきから、凄く見られてる感じがするから怖いんだよね。
通路に置かれた石像の猫ちゃんは、まるで生きているかのように、リアルに作られていた。
私は石像の猫ちゃんの一つに近づき、じっと目を見つめる。
「もしもし猫ちゃん。猫ちゃんは本物かにゃー?」
私が近づいて石像の猫ちゃんに訊ねると、トンちゃんが呆れた顔をして、私の肩の上に乗った。
「何やってるんスかご主人? 頭おかしくなったッスか? 元からッスけど」
「話しかけたら、反応しないかなぁって思って」
答えてから、私がトンちゃんに笑いかけると、トンちゃんがジト目で私を見た。
「何でも良いッスけど、ここは魔族の本拠地ッスよ。あまり油断しない方が良いと思うッス」
「わ、わかってるよぉ」
私が少し拗ねて、そう口にした瞬間、私の頭上から声が聞こえた。
「ジャス伏せるです」
声の主は、私の頭の上で寝ていたラテちゃんだった。
「え?」
ラテちゃんは起き上がると、突然重くなる。
私は突然重くなったラテちゃんの体重に耐えれるわけもなく、そのまま勢いよく倒れるようにしゃがみこんだ。
すると私の顔が今まであった場所に、勢いよく何かが飛んできて、私がさっき話しかけた石像の猫ちゃんにあたる。
そしてそれは、石像の猫ちゃんを破壊してしまった。
「な、何!?」
気が付くとラテちゃんの体重が元の戻っていて、私は飛んできた物を確かめるように、破壊された石像の猫ちゃんを見た。
「え? なんで?」
私はそれを見て驚く。
何故ならその飛んできた物の正体が、私に見覚えのある物だったからだ。
「なんで私のパンツが飛んできたの!?」
って言うか、嘘でしょう!?
私のパンツが石像を破壊したの!?
どうなってるのー!?
私が驚いていると、私に大人しく抱っこされていたスミレちゃんが飛び降りて、飛んできた私のパンツのにおいを嗅ぐ。
「これは、五日前に幼女先輩が穿いていた、パンツの匂いなのですよ!」
え?
ちょっと待って?
ちょっと待ってよスミレちゃん。
なんで、私が5日前にこのパンツを穿いていた事と、その匂いを知っているの?
て言うか、具体的すぎて怖いよ!
「リリィの身に、何か起きた証拠なのですよ! 間違いないなのです! このパンツは、リリィが私にこっそり匂いを嗅がせてくれた匂いなのです!」
もうやだ。
5日前のパンツとか匂いやばそうだし、パンツ盗られてた事も初耳だし。
私の知らない所で、2人して何してるのよ!?
って言うか、そうだよ。
思い出したよ!
そう言えば、5日前にリリィがお家に遊びに来て、ママの家事のお手伝いしをしていたような……。
絶対あの時だよ。
きっとあの時の洗濯物だよ!
「流石ハニーッスね。変態レベル高すぎて、ドン引き間違いなしッス」
「何でトンペットは、ドン引きとか言いながら嬉しそうなんだ? と言うか、流石に五日前は臭そうだな」
「ジャスミンお姉ちゃんのパンツ、臭くないよ?」
「当たり前なのよ。幼女先輩は存在が神なので、身に着けた物が腐るはずないなのよ」
スミレちゃん。
もう、色々我慢するから、ルピナスちゃんには変な言葉を使わないで?
って言うか、皆可笑しいと思わないの?
私のパンツなんかより、パンツで石像が壊れた事の方が重大な事だと思うの。
だから、石像がパンツで破壊された事より、私のパンツで盛り上がるのやめて?
って、あれ?
どっちにしても、それだと元ネタが私のパンツになるわけだから、結局パンツの話になるわけで……。
そこまで考えて、私は自然と笑みが零れた。
うん。
考えるのはやめよう。
「全員馬鹿な事言ってる場合じゃないです。走るです」
「え?」
ラテちゃんの言葉を合図にしたかのように、下着を含めて衣類が大量に勢いよく飛んで来た。
しかも、全て私の物だ。
嘘でしょう!?
飛んで来るお洋服もパンツも、全部私のだよ!
私は訳が分からないながらも、皆と一緒に走って、その場から離れる。
「ラテ。いつの間に起きたッスか?」
「今さっきです。トンペットこそ、ラテの前にジャスと契約したくせに、役に立ってなさそうで呆れるです」
「ずーっと眠っていたラテなんかに、言われたくないッスよ!」
「ラテは眠りながら、ジャスのサポートが出来る優秀な精霊なので、トンペットより役に立つから良いのです」
「むっかー! ボクの方が、ラテなんかより役に立つッスよ!」
「ちょ、ちょっと! 2人して、私の頭の上で喧嘩しないでよ」
衣類が勢いよく飛んでくる中で、走りながら頭の上で喧嘩する2人に訴えると、トンちゃんが衣類が飛んでくる方へ飛び出した。
「ボクの風の加護の力を、見せてあげるッスよ!」
トンちゃんはそう言うと、両手を前に出して叫ぶ。
「ウインドカーテンッス」
すると、私達を風の壁が囲んで、飛んで来る衣類が全て風に乗って流された。
「凄い! 凄いよトンちゃん!」
「ざっとこんなもんッスよ~」
トンちゃんが胸を張って得意気に顔を喜ばせたので、私はトンちゃんの頭を撫でてあげた。
すると、衣類が飛んできた方から、声が聞こえて来た。
「風の精霊がいるのね? 少し厄介だわ」
声を出した人物が、ううん。違う。
声を出した猫ちゃんが、ゆっくりと私達の前に姿を現す。
「ケット=シー!」
間違いないよ。
私があの時、なでなでした猫ちゃんだもん。
「ようこそ。と言いたい所だけど、あなた達にはここで消えてもらう事にしたわ」
私達の前に姿を現したケット=シーは、そう言って勝気に微笑んだ。




