091 幼女と増える猫事情
たっくんを二足歩行の言葉を喋れる猫ちゃんにすると、たっくんは何か言いたげな顔をして私を見る。
私はそんな顔をしたたっくんと目が合ったので、小首を傾げる。
すると、たっくんはため息を一つして、トンちゃんを見た。
「トンペット。俺の話を聞いてくれないか?」
「なんッスか?」
「村の住人が猫になった後に、ベルゼビュートが何かしていなかったか?」
「ベルゼビュート? 誰の事ッスか?」
「トンちゃんが怪しんでた人だよ」
「あのフライとか言う男ッスか。なるほど。やっぱりあの男の仕業なんスね」
トンちゃんがクルクルと、その場で時計回りに回りながら、深く考え込んだ。
そして、少し経ってから回るのを止めて、私の肩の上に乗る。
「人捜し……ッスかね? 村中の家に上がりこんでたッス。ボクは、てっきり無事な人を捜しているものだと思っていたッスけど、あの男が魔族なら何かあるかもッスね」
「俺を誰かが匿っていると、勘違いしてるって事か? それとも、ジャスミンを捜しているのか? いずれにしても、狙いがわからないな」
たっくんは呟きながら、真剣な顔をする。
そんな中、私はトンちゃんが喋っていた事を思い出した。
「ねえ? トンちゃん」
「なんスか? ご主人」
「リリィも猫ちゃんになっちゃったって、言ったよね?」
私がトンちゃんに訊ねると、トンちゃんが私の肩の上から飛び跳ねた。
「そうッスよ! のんびり話してる場合じゃないッスよご主人!」
「リリィお姉ちゃんも、元に戻してあげようね」
「うん。そうだね。ルピナスちゃん」
ルピナスちゃんがニコッと笑うので、私もニコッと笑って返す。
すると、トンちゃんが私の顔の前まで飛んできて、ルピナスちゃんの顔を隠してしまった。
「笑ってる場合じゃないッスよ! ボクとした事が、うっかり大事な事を言い忘れていたッス!」
「大事な事?」
なんだろう?
私としては、リリィも猫ちゃんにされちゃったけど、結構なんとでもなる気がするんだよね。
だってそうでしょう?
リリィだよ?
いつも、私の考えの斜め上を行くリリィなんだもん。
猫ちゃんにされる程度なら、どうとでもなると思うんだよね。
すっかりリリィの規格外の行動に慣れてしまった私は、ぼんやりとそんな事を考える。
すると、トンちゃんが私のおでこを掴んで、頭を揺らしてきた。
「あの馬鹿だけ、何故か猫にならなかったんスよ」
あの馬鹿?
あー。
ラークの事だね。
って、ラークは猫ちゃんにならなかったんだ?
まあ、そうだよね。
好意を抱かないと、猫ちゃんにならないみたいだし。
「そしたら、突然猫の集団が、あの馬鹿を襲いはじめたッスよ」
「ケット=シーか!?」
ケット=シー……。
多分たっくんの言う通り、ラークを襲ったのってケット=シーだよね。
「それで猫にされた僕っ子が馬鹿を助けようとして、その僕っ子を助けようとしたハニーが捕まっちゃったんスよ!」
「ええぇーっ!?」
まさか、そんな事になっちゃってるなんて!
でも、それもそうだよね。
いくらリリィでも、猫ちゃんにされてしまったら、何も出来ないよ。
「リリィお姉ちゃん捕まっちゃったの?」
「そうか。本来なら、魔族であればケット=シーを触ってしまっても、猫にはならない。だから、ラークが俺だと勘違いされたのか……。ん? どういう事だ? 俺が――」
たっくんがぶつぶつと呟く中、私はふと疑問を抱く。
そっかぁ。
魔族であれば、ケット=シーを触ってしまっても、猫ちゃんにならないんだ。
あれ?
「なんでたっくんは、フェニックスなのに猫ちゃんにされちゃったの?」
私が訊ねると、たっくんは私に振り向いて答える。
「ニクスの能力だ」
「ニクスちゃんの?」
「ああ。ニクスの能力はケット=シーの能力と同じで、相手を別の生物に変える能力だろ?」
「うん」
「だから、効力も殆ど一緒なんだ。俺の場合は、人間にしてもらったから、フェニックスとしての力もない。だから、人間そのものなんだ。だから、ケット=シーの能力にかかったんだよ」
「そうなんだ……。あれ? でも、それなら魔族じゃないから、精霊さんと契約できるんじゃないの?」
「それは無理だ。二回も契約を交わしたジャスミンならわかると思うけど、契約時に精霊が契約者の全てを知る事が出来るだろう?」
あ。
そっか。
そう言えばそうだったよね。
「いくら別の何かになっても、それがわかっちゃうんだ」
「そういう事だ。だから、わかってしまった時点で契約は破棄。黙って契約をしようとした者は、契約どころか、精霊と言葉を交わす事すら出来なくなるだろうな」
「そうッスね。そんな事をされようものなら、ボク等精霊は、黙っていた者に印を付けるんスよ」
「印?」
「はい。精霊達しかわからない印ッス。その印がある者とは、何があっても契約を交わさないという目印ッスよ」
「そっかぁ」
「とにかく、話はこの位にして、リリィ達が心配だ。急ごう」
「うん」
私は返事をして、村へ向けて歩き出した。
そして、歩きながら、この場にいないスミレちゃんの事を頭に浮かべた。
こんな時にスミレちゃんがいてくれたらな……。
ううん。
スミレちゃんは今はいないんだもん。
この場にいないスミレちゃんを頼ろうなんて、考えちゃダメだよね。
でも、本当に……早く帰ってきてほしいよ。
スミレちゃん。
私がそう考えたその時、近くの草むらから聞きなれた声が聞こえた。
「幼女先輩~」
「え!? スミレちゃん!?」
私が驚いてその草むらの方を見ると、ガサガサと音を立てて、草むらから一匹の猫ちゃんが現れた。
「やっど、やっど会えだなのでずよぉ」
聞きなれたスミレちゃんの声で号泣するその猫ちゃんは、その姿を見て驚く私の胸に、勢いよく飛び込んできた。
「え? あれ? え? 嘘? スミレちゃんなの?」
私はニャーニャー泣いているスミレちゃんを受け止めて、抱っこして優しく撫でてあげた。
「怖がっだなのでずよぉ」
そして、優しく撫でながらも、私は混乱する。
な、なんでスミレちゃんがここに!?
ううん。
そんな事より、なんでスミレちゃんまで猫ちゃんになっちゃってるのっ!?
何があったの?
スミレちゃん!




