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086 幼女と始まる猫の集会

 たっくんのお家の玄関は、ドアが開かれたままで、窓ガラスも割れている。

 その惨状に私が驚いていると、玄関から一匹の赤い毛並みの猫ちゃんが現れた。


「あれ? ルピナスちゃんじゃないか。獣人だから、猫の言葉わかるよね? 何か用かい? って、この姿じゃ、俺が誰だかわからないか」


 ルピナスちゃんがしゃがんで、赤い毛並みの猫ちゃんに話しかける。


「たっくんも猫ちゃんになっちゃったの?」


 え?

 たっくん!?


「流石ルピナスちゃんだね。こんな姿になっても、俺だってわかるんだな」


「うん。たっくんの匂いがするよ」


「ああ。そうか。猫になっても、においは変わらなかったのか」


「たっくんも、猫ちゃんになっちゃったんだにゃ」


「ん? 俺の事を知っているって事は、君は俺の知り合い? それに、もって?」


 私はルピナスちゃんの頭の上から、たっくんの目の前に飛び降りた。


「私はジャスミンにゃ。たっくん」


「ジャスミン!? ジャスミンも猫になったのか!?」


「うん。そうなの」


「あー。やっぱりそうか。これはアレだよな? ケット=シーの仕業だよな? じゃあ、あれは……」


「たっくん知ってるにゃ?」


 私が訊ねると、たっくんが耳元で小さく答える。


「ジャスミンも知ってる通り、俺は魔族だからね。同じ魔族の事なら、ある程度は知ってるんだよ」


 そこまで喋ると、たっくんは私の側を離れた。


「まあさ、まさかあの猫がケット=シーだったとは、思わなかったけどな」


「そっかぁ。でも、たっくん」


「ん?」


「たっくんが魔族ってお話は、ルピナスちゃんには隠さなくて大丈夫だにゃ」


「え?」


「それにね。ルピナスちゃんなら、たぶん今のお話聞こえてるにゃ。ね? ルピナスちゃん」


 私がルピナスちゃんに振り向くと、ルピナスちゃんは私と目を合わせてニコッと笑う。


「うん。聞こえてたよ」


「ま、マジか? 流石まだ幼いとは言え獣人だな。って、何で知ってるんだ!?」


「ねえ、そんな事よりたっくん」


「そんな事って……。はあ。まあいいさ。何だ?」


「玄関の窓が割れちゃってるけど、お家の中は大丈夫なの?」


 私が訊ねると、たっくんが気まずそうな顔をして、私から目を逸らす。


「あー。これな。ははは。問題無いぞ」


 その返事に、私もルピナスちゃんもシロちゃんも首を傾げる。

 すると、たっくんはため息を一つして「実は」と続ける。


「猫の突進が、どの位の威力なのか調べようと思って、試しに窓ガラスに突進したら割れたんだ」


「何でそんな事したの!? って、あ。そうにゃ。威力を調べたかったんだよね? でも、そんな事を調べてどうするにゃ?」


「もしケット=シーに猫にされたなら、あのフライって名乗った男は、ベルゼビュートって言う名前の魔族のはずなんだよ」


 フライさんがベルゼビュート?

 でも、そっか。

 そうなんだにゃ。

 トンちゃんが言ってたもんにゃ。

 気をつけた方が良いって。

 トンちゃんの女の勘は、あたってたんだにゃ。


「相手がベルゼビュートなら、元に戻る為には、戦わないといけないだろ? だから、今のうちに調べていたんだ」


 だからって、窓ガラスを割らなくても……。


「ジャスミンお姉ちゃん。ベルゼビュートって、スミレお姉ちゃんが、言ってた偉い人だよね?」


「うん。そうだよ」


「なんでその人は、たっくんを猫ちゃんにしたのかな? 猫ちゃんが大好きなのかな~?」


 何その可愛い理由。

 ルピナスちゃんは可愛いにゃぁ。


「たぶん、俺がフェニックスで、能力を失っているって知ってしまったのかもな。だから、用無しになった俺を、猫に変えたんだと思う」


「え!?」


「あ」


 私はたっくんの言葉に驚き、たっくんをマジマジと見た。

 たっくんは、口が滑ったとでも言いたげな顔で、私から目を逸らす。


「たっくん。能力を失ってるって、どういう事にゃ!?」


「いや。えっと、そのー」


「たっくん」


 ジトーと、たっくんを見つめると、たっくんは大きくため息を吐いて私を見た。


「わかったわかった。話すよ。でも、こんな所じゃなんだし、とりあえず家に入ろう」


「うん」


 それにしても、不老不死に出来ない理由が、能力を失っているからだったなんて。

 何があったんだろう?


 たっくんのお家に入り、私達はさっき来た時と同じお部屋にまぬかれて、絨毯じゅうたんの上に腰を下ろす。

 そうして落ち着くと、たっくんはゆっくりと口を開いた。


「ジャスミンが知っている通り、俺は魔族のフェニックスだ。そして、能力は対象に不老不死になる機会を与える能力だ」


「不老不死になる機会? 不老不死に出来るんじゃないにゃ?」


「そうだね。あくまで、機会を与えるだけなんだよ。決して、無条件で不老不死に出来るわけじゃないんだ」


 そうなんだ。

 てっきり、ポンッと簡単に出来ちゃうもんだと思っていたよ。


 ルピナスちゃんが、そこで「はい」と元気に手を上げる。


「不老不死になれなかったら、どうなるの?」


「その場合は2パターンある」


 2パターン?


「だいたいは死んで終わるな。運よく死ななかった場合は、不老になる」


「じゃあ、もしジャスミンお姉ちゃんが失敗しても、年は取らないんだ~」


「失敗してもって、怖い事言わないでよ。ルピナスちゃん」


 私がそう言うと、ルピナスちゃんは目を丸くして首を傾げる。


 可愛い。

 可愛いよルピナスちゃん。

 って、今はルピナスちゃんの可愛さに、メロメロになってる場合じゃないにゃ!?


「たっくん。不老不死になる機会って言うのも、凄く気になる所だけど、それよりなんで能力を失ったの?」


「その機会を与えるってのが、不味かったんだよ」 


「え?」


「かなり昔の話だ。俺がこの村に来る前なんだが、エルフ族の長の息子に、不老不死になる機会を能力で与えたんだ」


 エルフ族!?

 わぁ。

 いいなぁエルフ族。

 会ってみたい!


「そして、エルフ族の長の息子は、その結果死んだ」


「死んだ……?」


 そんな。

 本当に死んじゃうなんて……。


 死んだと口にしたたっくんは、とても悲しそうな、そんな顔をして窓の外を見つめた。

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