074 幼女の目は節穴です
ルピナスちゃんをギュゥッと抱きしめて幸せに浸っていると、私の肩に精霊さんが座った。
「ところでご主人。本当に魔族達を、このまま逃がして良いんスか?」
「え?」
私はルピナスちゃんとのハグをやめて、精霊さんの方へと首を向ける。
「ボクとしては、ぶっ殺しておいた方が、後々面倒事が増えなくて良いと思うッス」
「ドゥーウィンくん、凄く怖い事言うね? 私、そう言う事を言うのって良くないと思うんだ」
「何言ってるッスかご主人? 世の中そんな甘っちょろい事ばかり、言っていられないッスよ。社会の荒波にもひゃりぇ――」
精霊さんの頬っぺたをリリィが指でつまんで、精霊さんがおちょぼ口になる。
あ。
可愛い。
「汚い言葉をジャスミンに向けているのは、この口かしら? 度が過ぎるようなら、その羽もぎ取るわよ?」
リリィ?
リリィも大概だよ?
あと、その笑顔怖いからやめて?
「ひゃ、ひゃへふッスひょハニー」
「リリィ。可哀想だから止めてあげて?」
そう言って、私はリリィを落ち着かせて、精霊さんから手を離させてあげた。
そして「そう言えば」と、精霊さんに質問する。
「私さっきから気になってたんだけど、ドゥーウィンくん。なんで私の事を、急にご主人って言うようになったの?」
「そんなの簡単ッスよ」
精霊さんが得意気に胸を張る。
「ボクが、ご主人と本格的に契約を結ぶ事にしたからッスよ」
「ええーっ!? 何で!?」
私がつい大声を出して驚くと、精霊さんは耳をふさいだ。
「落ち着くッスよー」
「ご、ごめんね」
肩の上から、私の目の前に、精霊さんがクルンと回って飛んで来る。
「たしかに、ボクは最初ご主人の事を微妙だと思っていたッスけど、あの魔法で目が覚めたッス」
あの魔法?
フルーレティさんに使った魔法の事かな?
「ボクは、あんなにも気持ちが昂った事が、今まで無かったッス」
精霊さんが目を輝かせる。
「ボクは見ての通り優秀な精霊ッスけど、ボクの実力についてこられる人間は初めてだったんスよ。だから――」
精霊さんが私に手を差し伸べる。
「同じ女の子同士、これからも仲良くやるッスよ」
私は精霊さんが差し伸べた手に、人差し指をあてた。
「同じ女の子同士よろしくだよ。ドゥーウィンく……え? 同じ女の子同士?」
「そうッスよ」
「ええぇえーっ!?」
「あれ? 気がついてなかったんスか? どうりで名前に『くん』をつけてたッスね~」
「でも、リリィの事ハニーって!?」
「ボクは女の子だけど、大きいおっぱいと、将来有望性のあるおっぱいが大好きなんスよ」
精霊さんはそう言うと、得意気に胸を張る。
「まあ、ボクはパッと見がボーイッシュな美少年だから、勘違いしても仕方ないッスよ」
ううぅ。
その通りだから否定はしないよ?
でも私は、私の目の節穴さにがっかりだよ。
「あ。忘れてたッス。契約するッスから、僕のフルネームを教えるッス」
精霊さんが私の周りをくるっと一周して、目の前で止まって小さくお辞儀をする。
「僕の名前はトンペット=ドゥーウィン。皆からはドゥーウィンと呼ばれてるッス」
私も小さくお辞儀をする。
「私はジャスミン=イベリスだよ。ドゥーウィンくん、ううん。私はトンちゃんって呼ぶよ。これからもよろしくね」
そして私とトンちゃんは、もう一度、手と人差し指で握手を交わした。
握手を終えると、トンちゃんが私を中心にしてクルクルと舞い踊る。
すると、次第に風が生まれ、気持ちの良い風が私達を包み込む。
そして、私とトンちゃんは暖かな淡い緑の光に包まれた。
私が光に包まれると、リリィとルピナスちゃんから「綺麗」という言葉が零れた。
なんだろう?
体もなんだけど、気持ち、ううん。心かな?
凄く温かくて、凄く優しい感じがする。
きっとこの子は、私が思っているよりも優しい子なんだ。
だから、こんなにも心が温かくなるんだね。
トンちゃんが舞いを終えると風や光は消え去って、トンちゃんは私の肩の上に座って微笑む。
「ご主人。契約完了ッスよ」
「うん」
まだほんの少し残っている温かさを感じながら、私は微笑むトンちゃんの頭を優しく撫でた。




